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HONEYsuckle

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The STORY isn't a HAPPY ending,


 簡単には消えない恋だった。傷口は少しの刺激で開いて血を滲ませ、気付けば手はさ迷うように無意識に彼を求めていた。悪い夢も何度も見た。鬼道が遠くへ行く夢だった。それは現実と大差なく、覚めたとき目尻に残る痕は紛れもなく自分の本音で、円堂は何度も顔を洗った。
 気付けば何年も過ぎていた。でも時が経つのはそれほど早くは感じなかった。あの頃はどんなに惜しんでも日は暮れ朝が来て、時間はまるで水のように流れていたはずなのに。
 鬼道は結婚した。風の噂にそう聞いた。式には呼ばれなかったし、円堂は逃げるように海外遠征に出ていて、知らない内に全ては片付いていた。円堂の様子を怪しんだ者も多かったが、式自体が表向きには鬼道の跡取りとしての示しをつけるための形式であったことで、欠席は特に追及されることはなく人々の記憶の隅へと追いやられていった。所詮他人からすればその程度のことなのだと言われた気がして、知らず知らず気持ちは擦れるように棘をつくった。
 円堂はあれから人を好きになることはなかった。過去に置き去りにされたように後ろを向いて、薄れそうな記憶ばかり手繰り寄せて俯いていた。
 約束を果たさなければならない。形ばかりの幸せでも、掴んで笑っていなければならない。そう考える度に足は縺れた。結局一歩も前には進めていなかった。
 きっと踏み出すべきなのだと円堂は何度となく考えて、尻込みする自分を持て余していた。この苦しみを打ち明けられる相手がいないわけではない。彼女が自分を愛して支えてくれていることも分かっている。きっと、自分も鬼道のように幸せにはなれるのだろう。


 気付けばあの海に立っていた。その日も海は静かだった。砂の山を作って流木を突き立て、一人で梺を崩していく。潮風とは違うしょっぱさが唇の縁から口に入った。こんなに泣きたいことばかりの恋が、何故あんなに幸せだったのか、分からなかった。痛いばかりの思い出は、今も胸に貼り付いて眩しく揺れている。一人で掘った山はすぐに崩れた。流木は地面に横たわり、波は足元まで迫っていた。
「お兄ちゃん泣いてるの?」
 蹲っていた肩を叩いたのは小さな子供だった。両親は見当たらない。聡明で曇りない目をした子供だった。自分も泣き腫らしたような目をして、慈しむような顔で子供は笑った。誰かに似ていた。
「…泣いてた。カッコ悪いよなあ。お前、お母さんやお父さんは?」
「喧嘩したから逃げてきた」
 ばつの悪い顔で子供は笑って、円堂の頭を撫でた。その手は小さくて、それでいて酷く大人びていた。
「駄目だろ、心配してるぞ」
 自分のことは棚に上げて円堂は困ったように眉を潜めた。誰にも言わずに一人でこんなところまで来てしまったのは自分自身だった。砂のついた手を服で払って頭を撫でると、子供はポケットから飴を二粒出して、一つを円堂の手に握らせる。
「お父さんに貰ったの。お兄ちゃんにもあげる」
 とても大事な飴なのだと子供は言った。父親はいつも、食べきれる量のお菓子しかくれないのだと子供は言った。お父さんはいつも言うのだ、と。
「幸せはね、一握りで良いんだって」
 子供を通して贈られたその言葉は、あまりにも偶然に円堂を揺らした。遠くから子供を呼ぶ母親の声が聞こえた。弾かれるように子供は駆け出して、円堂は掌に転がる飴玉を握り締めた。小さな口には不釣り合いな言葉は何処かで誰かから聞いたような、不透明な懐かしさをもって耳に残っている。振り返った子供に手を振って、現実に引き戻されたような心地で見た景色は、素っ気なくてどこか遠くて、色鮮やかだった。時間が動き出した気がしていた。
 立ち上がって見上げた空は相変わらず真っ青で果てしなくて、でも座り込んでいたときよりは僅かに近い。今でも手は届きそうにないくて、それでも掴めないなりに幸せはずっと其所にあった。大空は自分の手には大きすぎたのだ。それを飛び上がって必死で手に入れようとしていた自身は、滑稽で情けなくて、でも愛しい。
 掌に包まれていた飴玉を口に入れた。曖昧な味が広がって、久し振りに円堂はあの名前を呟いた。この飴が溶けて消えたとき、ようやく忘れられるような気がした。
 胸を張って大丈夫だと思えた。ボールを蹴り続けてさえいれば、サッカーと出逢ったことを後悔しているなんて大嘘は、呆れる程につまらない嘘だったと証明できる。後悔なんて何処にもない代わりに、好きだという気持ちもいつしか薄れていくだろう。
 地面を蹴った。一歩踏み出して、未来を描いて一面の青を塗り重ねて、最後の思い出を風に飛ばすように仰ぐ。前を向いて誰かの手をとって幸せになるには、思い出は嵩張りすぎたのだ。
 これできっとさよならができる。倒れた流木を海に向かって力いっぱい投げた。鬼道と別れた後で小銭をたくさん握り締めて何度も挑戦したけれど、結局ピッチングマシン相手にもホームランなんて打てなかった。きっと自分にはピッチャーの方が向いていたのだと気付いたけれどもう、なんだ今更だなあと、一緒に笑い飛ばしてくれる人は隣にはいない。

作品名:HONEYsuckle 作家名:あつき