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 つぶやきは紫煙とともに虚空に帰す。







 耳に聞こえてくる喧騒は、より自分というものを認識させられる。
 自分の居場所。存在理由。それらのものが得られないために浮遊する。
 見つけられるまで・・・泳ぎつかれるまで。
 酸素を求めて、虚無の中に手を伸ばして散策し、かけらでも見つけたなら貪欲に求め欲し逃がすまいとするすさまじいエネルギーの渦。







 午後を過ぎて幾分かたつと日差しも肌にここちいい暖かさになる。
 見上げた空はどこまでも高くて、しかし手前に優雅に浮かんでいる雲が錯覚させるのだ。



 届かない距離じゃない・・・でもなんて遠いんだろう。
 「・・・・っはぁ・・・」
 逃げたくて。
 アパートから飛び出して、気力のつづく限り走り続けて、気がついたらもういつもの習性か駅の近くのにぎやかな繁華街まで来てしまっていた。
 平日の午後と言う割には人ごみは多い方だ。そして必然的にカップルが目立つ。
 すれ違うたびに残される言葉の断片は、確実に今の私の心を削ってゆく。
 それでも軽くなるどころか、削られた心のかけらはひとつ増えるたびにまとわりつき私を空から遠ざける。


 「もう、何なのよ!・・・あの馬鹿。」
 あまりの息苦しさに吐き出さなければ、このまま重力に負けて地面に埋まりそうだ。いつものじゃれあい、軽口そして・・・意地悪。
 「も、だめ・・・。泣きそう。」
 先ほどのやり取りを思い出しては悔しくて・・・情けなくて。
 自己嫌悪で、漏れそうになる嗚咽を制御しに添えた掌。
 彼の触れた熱がまだこもっているようでなんだか切ない。


 『柔らかくってすべすべしててきもちいい』
 なんて私には絶対に口にしない台詞。
 ・・・ほかの女の人には使ってるの?
 『シャンプー変えた?』
 シャンプーの匂いなんて気にしてもいないくせに。
 ・・・花の香より柑橘系が好きなんだよね?
 『人肌に触れると安心するな・・・』
 肌が触れてれば誰でもいいんだよね?
 ・・・嫌だ、そんなの!!



 「りょう・・の、バカ。」
 あんたがモテるのぐらいわかってる。
 まじめにナンパすれば成功しないなんてことはない・・・と、思う。(これは欲目かも)
 でも、それをしない理由もわかってる。わかってるけど・・・・・。
 思考はどこまでも果てしない。はっきりいって想像と希望的観測にしか過ぎないけれど。
 あいつは行動の一つ一つをよく観察していないとわかりにくいから。
 冷たいのかと思えば、急にやさしくなったり。
 どこまでもわかりにくい男。
 男の人と深く付き合ったことのない私は、いちいち振り回されっぱなしでおおよそ恋の駆け引きなんぞ出来るわけもない。
 そのつど試行錯誤していかなければならない。
 経験値を上げるしか方法はないのかしら。
 これもまた難問だわ。・・・他の人なんて眼に入らないのだから。
 我ながら終わってるわね。
 ほって置いたら世界一周なんてすぐに出来そうなくらい堂々巡りの思考が止まった。



 「彼女、暇なら付き合わない?」
 所在無げにふらついていたのに眼をつけたのか、見るからに好色そうな色をまとった男の子が2人香を挟みこむようにスタンスをとる。
 こういったやからは相手にするだけ無駄とばかりに軽く無視して障害物を避けるように脇をすり抜けた。
 が、こういう反応にも相手は慣れているだけあって、行動も素早かった。
 ひじをつかまれ、にわかに捕獲される。
 面倒な輩だ。緊張で体がやけに冷たい・・・いや、違うか。


 「触らないで!」
 『腕にも身体にも、さっき彼が触れた感触が残っているの。』
 ・・・・・・やめて、消さないで、お願い。

 獠。

 渾身の力で振り切ろうとした腕は拍子抜けするくらい自由になって、勢いあまった身体は慣性の法則で地面に激突する・・・はずだった。
 思わずつぶっていた眼を開ける。
 そこには先ほどの2人の片割れが地面のアスファルトに熱烈な挨拶をしていて、もう一人はといえば腹を抱えるように座り込んでいた。

 ・・・誰?もしかして?

 心が勝手に期待していた。
 「スマートやないな、そんなん。ナンパはもっとうまくやんな。」
 その声に我に返る。

 ・・・違う。
 しばらく放心状態だった香が顔を上げるとそこには見知らぬ男性が居た。
 ナンパ小僧どもと言えば、陳腐なせりふだけを残し消えていたのだった。


 背中越しに見ても目線がずいぶんと高い。
 ・・・でも僚のほうが背は高いかしら。
 「彼じゃなくて、すまんなぁ。そんなにがっかりされるとなんか悪いことしたみたいや。」
 開口一番に図星をつかれ、顔を赤くしつつお礼を言う。
 ・・・・・・そんなに顔に出てた?


 「あ、あの。私ったらお礼も言わずにすいません!助けてもらったのにっ、え・・っと、お茶でもご馳走します!!・・・お礼に。」
 動揺も顕著に一気にまくし立てた。
 しばしの沈黙。男性は顎に手を当てて何事か考えているそぶり。
 そしておもむろに何か思いついたかのように手を合わせこちらを覗き込んできた。
 「それってナンパ?」
 「/////・・・・・・違います!!」
 思いっきり噛み付かんばかりに声を張り上げてしまった。



 窮地を救った相手からのこんな失礼な態度にも気分を害することなく。
 笑い飛ばされていた・・・・・。爆笑といっても過言でないくらい。
 このまま居ても注目を浴びるばかりなのでそそくさと逃げを打つ。
 「じゃぁ、時間どうつぶそうかと思ってたんで、俺のお気に入りの店でOK?」
 笑いを含みつつ。
 「・・・はい。」
 そう答えるしかなかった。まだ笑いは止まらないらしい。


 なんだか複雑な気分のままたどり着いたのはグリーンをベースに落ち着いた彩色の店内。
 今流行の店ってわけでもないけど、モダンな雰囲気。BGMにオールディーズ。
 「せっかくおごってもらうんだから、マスター!これね。」
 カウンターからわざわざ店主と思われる人物が足を伸ばして注文をとる。
 常連さんなのかしら?
 「コーヒー好き?」
 無言でいた私に一応確認を取る。
 ・・・好きは好きなんだけど。なんとなく今はコーヒーって言う気分じゃなくて。
 「出来れば、紅茶がいいかな、なんてはははは・・」
 男の人とお茶をするなんて、なれてなくてすごく緊張する。


 「・・・だってさ、マスター。いいやつ頼むよ。」
 「ふむ。セイロン系って好みかな?クセ無い方がいい?」
 そんなにいろんな種類なんて飲んだことはないけど。
 しばし必死になって思考を働かせる。
 「・・・はい。多少渋くても大丈夫です。」
 マスターは『期待しててね』と言いつつ満面の営業スマイルで去っていった。


 とりあえず、さっきのお礼に誘っちゃったけど。
 私ってばなんでお茶なんかに誘っちゃったんだろ・・・・?

作品名:game 作家名:藤重