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デッドエンドキャンパスライフ・その後

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「キッチンに生ものを出しっぱなしで出てきてしまったから、捨てておいて。鍵は表札の裏」
朝一で珍しい相手から電話がかかってきたと思ったら、ヒバリはそれだけ言って一方的に通話を切った。
一限まであと五分。ヒバリの姿は講堂にない。
ルキノはため息をついて、席を後ろから前に移すべく、広げたばかりの荷物を鞄に押し込んだ。

ヒバリがふらりと姿を消すのはよくあることだ。
日本語の面倒な電話さえかかってこなければ、彼がどこで何をしていようが、基本的にルキノは気にしていない。二三日、長いときで一週間ほど姿を消して、戻ってきた彼はひどく不機嫌か、ムダに上機嫌かのどちらかで、これもまたルキノには直接的に関係ないのでああ不機嫌だなとか思うだけだ。
姿を消す理由についてはおぼろげに察しがつく。
この街を統治するにあたって、ヒバリは仕事らしい仕事を何一つしていない。補佐に、と選ばれたルキノに一任して、自分は後ろでじっと見ている。
だがそれはここに限った話ではなく、根本的に彼はマフィアが表立ってやる事業や統治にまるで興味がないという話だ。
彼が興味を示す仕事はひとつ。
誰かを闇に葬ること。
マフィアの幹部というより殺し屋に近い。
肉付きの薄いあの小さな手で、人なんか殺しているのか、と思わないでもなかったが、詮無いことだ。
マフィアなのだから。
彼らにはそちらのほうが日常で、ルキノにとっての日常である、学生の姿をしたヒバリは、フェイクでしかない。
だからルキノは、一昨日くらいからヒバリの姿が見えなくなったことについても、今回もきっとそんな仕事に駆り出されているのだろうとしか思っていなかった。
もう何冊目かになる大学ノートを開き、レコーダーのスイッチを入れる。
普段は最後列に陣取る講義だが、今日は最前列。気でも違ったのか、という教授の顔にも、もう慣れた。
ヒバリの補佐をするようになってから、ヒバリが大学を休む日のノートは必ず取るようにしている。別段頼まれたわけではないが、ヒバリの、ひいてはルキノの雇い主であるボンゴレ十代目は、ルキノの仕事についてこう説明した。
「マフィアの仕事を頼みたくて、あなたを雇うわけではありません。俺があなたに任せたいのは、ヒバリさんの補佐だ」
何がどう違うのか、とそのときは思ったのだが、今はなんとなく理解できる。
たとえばヒバリが放置している統治の代行だとか、決して応じようとしない召集への名代出席だとか、そうしたものだけでなく、もっと全般的に、ヒバリをフォローしろという、そういう話だったのだろう。
ヒバリは一人でも不足なく生きているような男だが、不足はなくても不満はたくさんあるらしい。あれで案外生きるのに不器用だ。
彼に押し付けられる仕事(不遜な言い方だが、間違いではない。ボンゴレ上層部は、この押し付けられ役を探していたといっていい)をこなすのではなく、彼が円滑に「仕事」をこなせて、尚且つ仕事にも生活にも不満の出ないよう周囲に気を配りフォローする立場。そこがルキノの立ち位置だ。
欠席した講義の板書と録音は、そういう配慮のうちだと思っている。
「大事な講義が入ってるから、やだ」
かつて本部がもっとも頭を抱えていたヒバリの断り文句がこれだということを、ルキノは知らない。


ヒバリの住まうアパートについては、補佐についてから割とすぐ彼の口から聞いた。数年前に、市街から少し離れた小高い丘の住宅地に建てられた、洒落たつくりのアパートだ。マフィア幹部の自宅が賃貸物件というのも不思議な話だが、登記を見た限り、所有者はヒバリでもボンゴレの関係者でもない、別の街の人間だった。
大学から20分ほど歩いた場所にアパートはある。
五階建て、エレベーターまでついた、まったく街に不似合いな建物を最上階まで昇って、教えられたとおり、ルキノはドアの横にある部屋番号しか掲げられていない表札の裏側を探った。
指が届くか届かないかの場所に、キーリングと思しき輪がある。指先にひっかけて引きずり出す。
小さな銀色の金属は、埃こそ被っていたが、表面には傷もなく真新しい。コピーキーだろうが、使われた形跡のなさにルキノは本当に開くんだろうなと一抹の不安を覚えつつ鍵穴に差し込んだ。コピーキーは、製造の工程上厳密に複製することが難しい。複製を繰り返すたび精度が落ちてゆき、マスターから二代までが限界で、三代目は鍵穴に差し込むこともできなかったりする。
特に抵抗もなくシリンダーは回って、ルキノはひとまず安堵の息をつく。
が、いざドアを開けようとしたらノブがまるで回らなかった。
「?」
シリンダーが回ったと感じたのは錯覚だったか。いや、確かに回っている。鍵は開いたはずだ。
それなのにドアノブが回らない、鍵がかかっているとすれば、示すところは一つしかない。
「鍵ぐらいかけろよ……」
鍵は最初からかかっていなかったらしい。
呆れて呟きながら、再度鍵を差し込んで今度こそ開錠すると、案の定ドアノブは素直に回った。
ほっとしてドアを開けたルキノは室内に目を転じて息を止めた。
銃口が至近距離から眉間に突きつけられていた。
六条右回り。ベレッタM92の薄暗い穴に刻まれた溝がくっきりと見える。
「なんだお前か……」
時間にして二秒にも満たなかっただろうが、ルキノにしてみれば恐ろしく長い時間銃口と対峙した後、気の抜けたような声とともに穴はルキノから遠ざかった。
ドアを開けた格好のまま、ルキノは銃を仕舞ってリビングへ戻る男を凝視する。
パーティや会合で何度か顔を合わせたことがある。キャバッローネの十代目、ディーノ。
「何してる。さっさとドア閉めろ」
言われて、ルキノはハッと我に返ってドアを閉めた。