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蘭兄さんと祖国の今昔

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Scene.1 【1800年初頭、引き籠り候】


 東の果てに小さな島国を見つけた。蓋を開けてみれば、島には独自の文化を育んだ一つの国が居た。それは、年齢ばかりを重ねた世間知らずの爺さまだった。
 異国人を締め出し、他国との接触を止め、長らく鎖国体制に入っている日本は、本日も薄暗い部屋で絶賛引きこもり中である。あんま見んような形、とやらも、いよいよ違和感を感じなくなってきた。扱いさえ覚えれば問題はない。
 オランダは、殻の外におびき寄せる餌――もとい、手土産の菓子を布団の前に置く。「土産やざ」とだけ声をかけ、腰を下ろしてあぐらをかく。後は糸を垂れる釣り人の如く、ただ待つのみだ。すぐに、空きっ腹を抱えていたらしい日本が、もそりと顔を出した。
「カステラ……」
 たり、と垂れるよだれ。やれやれとオランダが懐のナイフで菓子を切り分けてやると、見かけによらず食い意地の張った日本が、ようやく布団から這い出てくる。
 彼がカステラをうまそうに平らげるのを見届け、彼の国の者が用意した緑茶を二人してすする。ひと心地ついた日本は、ふ、とため息をついた。オランダは日本の顔を見遣る。こわもての顔を近づけられて、細い肩がびくりと揺れた。
「しょぼくれたツラしとるのぅ」
 澄んだ黒の瞳を伏せて、日本はゆるゆるとかぶりを振った。切りそろえた黒髪が、東洋人のなめらかな象牙色の肌を撫でる。今までオランダが見てきた周辺諸国の誰とも違う、遠い国の色のコントラスト。何度見ても見慣れない、見飽きない。
「こんな顔にもなりますよ。生きていくのが辛いです」
「何を情けないこと言うとるがや、お前それでも『国』か?」
「そうは申されましても。最近になって急に、私の身の回りが騒がしくなって、いったいどうしたことですか。……こ、困るんですよ」
 西洋の列強諸国がやってきては、国を開けとせっつく。そもそも二百年もの間、オランダという限られた国とだけ付き合って、あとは門戸を閉じて、引きこもっていられた事自体が奇跡的だったのだ。取った取られたのという欧州の国際事情からすれば、稀有にも程がある。
「アメリカさんは強引ですし……本当にもう、あの方は」
「あの餓鬼は、なぁ」
 手加減を知らない若造の顔を、オランダは思い出す。先日は「どうして君だけが、あの国に出入りできるんだ。何か秘訣でもあるのかい?」と訊かれた。誰が親切に示唆してやるか。しかし、堪え性のないアメリカのことだ、はっきりとした態度を見せない日本に焦れて、より積極的な行動に移るのも時間の問題だろう。
 日本に合わせて悠長にやってきた今までとは違う。最近のオランダがいつになく急いているのを、日本も承知している。
「オランダさんから頂く書物だけではなく、この目で外の世界を見分せねばと、分かってはいるのです」
「ほんなら」
「ええ、でも、怖いんです」
 うっすらと、口許をゆがませる。この島の東洋人は怖れおののいた時にも笑うのだ。彼はひどく自嘲的な表情を浮かべる。
 彼にとってオランダのもたらす知識が、日本の世界を構築するすべてだ。けれど無論、オランダの情報がこの世の森羅万象を網羅しているはずがない。世界を知らない。無知だからこそ、外界を懼れるのだ。
「オランダさん」
 自分を名を、おさない口調で唱えた。
 先の自嘲とはまた違う、目元をやわらげて、彼は子どものように無垢に笑った。日本が困ったように眉を下げると、その童顔はなお際立った。
「世界の皆様がみんな、オランダさんのような方だったらよろしかったのに」
「俺のことは知らんが、周りは図々しい野郎ばっかりじゃ。そうでもなけりゃ、やっていけん」
「ですよね」
 軽口をたたきながら、ああ随分と懐かれたものだなとオランダは思う。200年の成果だ。――罪悪感がまったく無いか、と問われれば、否定はしきれない。
 たとえば、オランダがただの奉仕精神から、わざわざ欧州事情を書物にして提供しているわけではない。オランダが持ち込む情報は、勘づかれないよう少しずつ、オランダの有利に働くよう改竄されていると。そんな可能性を日本が疑ったことはないのだろうか。
 国と国との付き合いは、信頼だけでは成り立たない。むしろシビアなビジネスライクだろうに。それでも日本は本当に、心の底からオランダを信望しているのだろうか。素直でお人好しの彼ならば、さもありなんと思わされる。
 そんな日本だからこそ、ついついお節介を焼いてしまう。頼られれば応えたくなる。黒い瞳がまっすぐに自分だけを見つめているうちは。
「それはええが、日本」
「はい?」
「遅れを取ると後々困るのはお前やざ。早いとこ開国」
 その単語を聞き終える前に、日本は電光石火の早業で、また殻にこもってしまった。ぼりぼりと、オランダは頭をかく。
「……まあ、無理だけはすんなや」


 どうして日本は君みたいなのにベッタリなんだいと、アメリカは首をかしげる。
 なんやお前うまいことやったなぁと、スペインのこぶしに、おもいきりどつかれる。
 まだ若いアメリカはさておき、鎖国以前は日本と少なからず付き合いのあったスペインが、なぜ締め出されたのか分からないのか。
 奴らのやり方は強引すぎた。それだけのことだ。
 内向的で、保守的で、警戒心が強い相手に力づくで迫ってどうする。ますます不信感を募らせて、顔を背けられるだけだ。
 当初からオランダは、日本に貿易のパートナーであることだけを求めた。最初は強く出てみたが、途端に表情を堅くした日本を見て、どうアプローチすればいいかを探った。なんだかんだと付き合いが長くなっていくうちに、どうにもこの国に対しては強く出ないのが習い性になってしまった。
 結果としてオランダは、この島国を訪れても閉め出されることなく、こうして日本の家で茶などすすっているわけで。
「揃いも揃って、餓鬼かあいつらは」
 そろりと、日本がまた顔だけを出す。
「……何か、おっしゃいました?」
「いや。もう、か……ほにゃららの事は言わん」
 日本との付き合いは、経験の浅い娘を口説き落とすのに似ている。譲歩しながら無防備な懐に切り込んでいくのだ。
 ――お前に合わせてやるから、お前の嫌がることは無理強いしないから。だから追い出さないでくれ、まずは話を聞いてくれ。貿易をしよう、ついでに欧州の国際事情も教えてやろう。
 ――ならば特別に港を開きましょう。私が嫌だ、いらないと言うものは押しつけないで下さい。書物をありがとうございます、それから、あの異国のお菓子、とてもおいしかったです。
 ――また、いらして下さいね、オランダさん。
 この一言を、引き出してしまえばこちらのものだった。戦略さえ誤らねば、心を開かせることは難しくなかった。
作品名:蘭兄さんと祖国の今昔 作家名:美緒