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この世で会いましょう

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 第一印象、まさかそんな。
 第二印象、アイツに間違いない。
 第三印象、……こういうヤツだったのか。

「ちゃんと聞いてますか先生!?」
 勉強机が平手を食らってガタガタと年季の入った悲鳴を上げた。何せ創立年数だけは立派な偏差値底辺高が微々たる予算でやりくりしている備品だ。もう少しデリケートに扱って欲しいもんだ。古いんだから。
「ああうん聞いてるよー」
「……すさまじく嘘くさい」
 失礼な。俺がお前の話を聞かないわけがないだろう。
 赤茶けた地毛がかえって妙に地味に見える生徒が、卓を挟んだ真正面から半眼で睨みつけてくる。とりたてて育ちがいいというわけではないはずだが、優等生然とした素直な性格が現れた顔立ちは、崩れても優等生だ。
 実際、俺の受け持ちの中でも、勉強の出来不出来という観点を除いても、こいつは名実ともにずば抜けてタチのいい生徒だった。……まあ、それだけに、日頃から溜め込んでるものも多いんだろうが。
「とにかく! うちの高校はとても勉強できる環境じゃないんですよ! 授業中に肉うどんすすってるヤツはいるわ踊ってるヤツはいるわ指の上に箒乗せてバランスとってるヤツはいるわ麻雀やってる連中がたむろしてるわ机の上で眠ってるヤツはいるわ挙句の果てにハルバートぶん回してる馬鹿がいるわ! あれって銃刀法違反でしょうなんで放っておくんですかっていうかそもそもなんだってあんな人格破壊者入学させてんですか! 生徒会長のリーダーシップは認めますが厄介事という厄介事を押し付けてくるあの傍若無人な横暴さはなんとかなりません!? おまけに休み時間は休み時間でウザイ同期とキモイ後輩につきまとわれて勉強する暇もないんですよ!! なんでうちの高校はこう、濃いキャラばっか集まってんですかっ!?」
「そりゃ、うちはここ一帯の滑り止めだからなぁ」
「……なんで俺、ここに入学したんだろう……」
「そりゃあ……気の毒だったなぁ」
「おのれインフルエンザ……!」
 うち伏して肩を震わせる全国模試上位ランカー。人生最大の不幸は本命高以下受験を予定していた有名進学校との果し合いのことごとくを大陸直輸入のウイルスに水を差されて大敗したことだというのだから、どうやら平凡にしてまあまあ幸福な人生を送れているらしい。俺、前世で何やらかしたんだろう……などとぶつくさぼやいてるのには音速のフォローを入れたくなるが、なんとか自制する。
「授業中にひたすら赤本解いてるような可愛げのない生徒が何を言うかね。というかお前、帰宅部だろう。勉強する時間なら放課後にたっぷりあるじゃないか。まだバイトやってるのか?」
「さすがに去年でやめましたけど。……ただでさえ高校違うってだけで結構なビハインドなのにこれ以上貴重な時間を割けと?」
「は?」
 脈絡なく少女の歌声が鳴り響き、机に張りついてたヤツがバネでも仕込んでんのかって勢いで起き上がって忙しなく携帯を取り出すと、画面を確かめるまでもなく仮にも教師の面前で臆面なく通話ボタンを押しやがった。妙に生っぽいと思ったら録音か、その着信。……というか面談中なんだが、今。
「――ごめん、連絡する暇なくて! え、何? 時間空いた? マジで!? いやいやいやこっちは全然オッケー! うん……うん。じゃあ、いつもの場所で。……ああ、俺もだよ」
 最後の甘ったるい声音には申し訳ないが鳥肌がたった。優等生のツラしてコイツぁ……
 いかにも大切そうに携帯を折りたたむと、頬の緩みをそつなく引き締めてヤツは眼光鋭く俺を振り返った。
「というわけで五十嵐先生、俺、もう帰りますね」
「ああもう好きにし――ってちょっ待て待て待て! 肝心の進路の話はどこいった!」
 ただいま全国的に絶賛進路相談月間中。学力、品行ともに憂える要素のないクラス委員と言えど、担任として希望進路を把握しておかないわけにいくか。
 躊躇なく席を立ち、どこかの誰かの生まれ変わりとしか思えないが記憶にあるより多少図太さを増したように思えるその男は、何をいまさら、とばかりに白けた目つきで俺を見下ろして言い放ちやがった。

「医者になる以外に、何が?」

 ……おっしゃるとおり。

作品名:この世で会いましょう 作家名:朝脱走犯