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夕涼み

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ぴちゃりと雫の音がした。
小さな水溜りの表で跳ね返った水滴は、また小さな波紋を落とす。
さざめく様に揺れる。
広がる波の輪は、しかしあっけなくその端まで辿り着いて果てた。
夏の頃、雨上がりの夕暮れ、雲の間に半円の青い月が見え隠れする。





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夕 涼 み
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「暑いですねぇ」
呟いた言葉の主は、汗ばむ空気に額を拭った。
ぴちゃり。
また一つ、軒から雫が落ちる。
夏の日の軽い湿りは、強い日差しに噎せ返る空気を冷ますのかと思いきや、まだ高くに残っていた日のせいでかえって蒸し暑さを助長した。
ぴちゃりと、音を耳に聞く。
それだけならば涼やかにも聞こえる水音。
しかし。
「暑ゥございやすね」
返すと、返された相手は俄かに目を丸くした。
「又一さんでも暑いと感じますか」
「奴も、これでも一応人間で」
狐狸怪かしの類ならいざ知らず、ひとならば暑い寒いを口にするも当たり前である。
「あぁ済みませんそういう意味ではなくて」
幾分慌てた様子の百介。
高々無宿人。
怒るも誤解するも捨て置けばよいものを、この物好きな男は決してそうはしないのだ。
又一さんはと慌てて弁解をする。
「貴方はいつも…そう、泰然としているから」
暑さ寒さなどには揺らぐことは無いだろうと。
飄々とかわす、言葉で煙に巻く。
胸の内など表に出してるようでは小股潜りは務まらない。
ただ、
揺らがぬわけではないのだ。
確かに、又市は真っ当とはとてもではないが言い難い。
世間一般の堅気の者と比べれば、表面だけではなく内面も揺らぎ難い。
それでも
揺らがぬわけではないのだ。


ぴちゃり


窓越しに言葉を交わす二人の間。
僅かな僅かな波を起こしてほんの一時で果てる。
どこかで蛙が鳴いている。


ぴちゃり


蛙の音


低くなった陽に、いまだ蒸す大気





暑かった。
無性に熱く、心が騒ぐ。
胸に浮かぶ姿。
一つ仕掛けが終わって江戸に着いた途端、胸に浮かぶのは一人の姿。
暑い。
夏の雨はそれを冷ますに至らず、なれば源を辿るが手っ取り早いかと訪れた。




心に燈る熱を

冷ます

醒ます

その為に足を向けたというに

今、覚めてしまったこの熱は






「暑ゥございやすね」






呟くと、彼は笑った。






作品名:夕涼み 作家名:ことかた