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あの椅子を埋めるもの

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ああ疲れた、と言って男は帰ってきた。
僕は立ち上がり、彼の外套をまず受け取る。
「今日は王宮に行って来たよ。」
「物好きな。」
「そうかい?でも収穫もあった。美しい人がいたよ。」
食事時も外さない仮面から、口元だけが弧を描いて見えた。
肖像画の間とやらに、また一枚放り込まれる絵が増えるのだろうか?
「・・・管理はお前に任せるよ。」
僕に任せるということは、貴族ではないらしい。
描いてきたスケッチを僕に管理させるようになってもう随分だ。
今更なのにそう言って、男は肩を回す。あそこは肩が凝るな、とぼやいて。
それほど気苦労なら城になど行かなければいいのに、と思う。
それが向こうにも伝わったのか、男は喉を鳴らして笑う。
「新しい王様を描きたくて堪らないんだよ。」
僕は呆れて肩を竦めた。
それだけのために、旅ばかりのこの男は随分と王都に居る。
お陰で僕は気軽に仮面無しでは外には出られない。
此処は人が集まりすぎる。神経を張り詰める一方だ。
「結局のところ、国を動かすのは集団でしかない。なのに何故、今なお一国を治めるのは王族でなければ、という認識が罷り通っているのか。お前には判るかい?」
今日の分のスケッチを寄越しながら、唐突に男はそんなことを訊いてきた。
僕を拾ったこの男は、時折試してでもいるつもりか僕に意見を求めたりする。
「・・・そんなこと知るもんか。」
素っ気無く言えば、仮面の向こうで喉を鳴らして笑う気配がする。
回答をしくじったろうか?この男は計り難い。もう何年も共にいるというのにだ。
「いつもよりも応えが強いな。何か腹の立つことでもあったか?」
なるほど、確かに語調が強かっただろう。
しかし腹が立つとしたら今だ。試され遊ばれている今。たぶん、男もそれをわかってやっている。
「あんたには分からないことだ。大体、王家が集団を治めるから国というものが成り立っているんじゃないのか?」
「違うよ。商人ギルドを御覧よ。あれは選任制だ。世襲制でさえないだろう?能力さえ満たしていれば、血縁など本来どうでもいいものさ。」
なるほど、確かにそのとおりだ。この男と幾つか国外も旅したが、確かに共和制とか議会制とかいう政治もあった。
ならば何故、王家というものがこの国にはあるのだろう。
湧いてくるのは当然の疑問だ。これは何も僕に限ったことじゃないだろう。
「あの王家は、面白い特質があってね。だから国を治めていられるのさ。即ち、愛される、という特質が。」
「・・・愛される?」
「そうとも。貴族も、民衆も、皆があの王家を愛する。良く見て御覧、誰が王家の能力を認めている?王家が何を成した?」
お前なら答えられるかい?答えはあるかい?
仮面の向こうからでも分かる、粘つくようなニタリとした笑い。
探っているつもりだろうか、遊んでいるつもりだろうか。
「そう。親愛でも恋愛でも何でもいい。忠誠と言い換えてもいい。兎に角、愛情というものを捧げられる事があの王家の特徴だよ。」
それもね、ととても楽しげに彼は告げる。
「強い人間に限ってあの王家に惹かれるらしいよ。」
面の下の双眸が、面白がって弧を描く。けれども覗くその眼光だけは、獲物を狙う獣のようだ。
「だからバジだけが反意を抱いていられるんだ。バジはあれで弱い。当人達が一番良く知っているよ。その証拠に、一番力を持つだろう民衆はあの王家を愛している。それゆえに、国民は王家に国を治めさせたがるのさ。だが、だからこそバジも面白い。」
バジ。いっそ懐かしいその一族の名に、心を揺らさないようになってどれだけ経っただろうか。
僕の心を揺らすのは、もうただ一人だけしかない。
「面白い?」
「弱いからこそ手段を選ばない。弱い自覚があるからこそ、その弱さを活用して強くあろうとする。」
「そういう、ものかな・・・僕はバジ一族の方にあったことがないから、本当のところは分からないね。」
「・・・・・本当に?」
「何か?」
「いや。ともあれ、それなりに人間というものは己の弱ささえも利用して本懐を達そうとする。今上陛下とて、あの若さを原動力にして国を生き返らせた。年寄りには、あの光るような若さには憧れるものがあるね。私なんか、どれだけ昔を振り返ったって今みたいな生き方をしていたからなあ。」
それこそ、慕情のような声音で呟く画家はまるで前身を思い出しているようだ。
「だから陛下に拘るのか。」
「いや、それは少し違う。今の陛下を描きたいと思うのは面白いからだよ。陛下の眼は面白い。あの、何もかもを誰かに捧げた眼を写し取る事が出来れば、このうえなく国王と呼ぶには似つかわしくない絵ができるだろう。」
「似つかわしくない絵?」
自然、僕の眉根は寄った。彼は、とても上手く王様をやっていると感じられる。なのに、この男は似つかわしくないという。
「そうとも。今上陛下の眼は、先王と違って国を覇する者の眼じゃない。臣下というほど下でもないけれど、どこか犠牲的だ。己を投げることさえ厭わない、奉げる相手が居る、そういう眼だ。そんな王なんて、王じゃないようだろう?所謂パラドックスができるのさ。そしてそれは、最高の寓意でもある。国王とは、国に、国民に捧げられた生贄であるのだと。」
「・・・そんな・・」
不遜な、と続けるべきだろうところなのに、思わず可哀想なと続けそうになって僕は口を噤んだ。
大体、どの口が可哀想などと言うのだ、傲慢な。
彼をあそこへ、あのあかい椅子へ縛り付けたのは誰だ?
「先代を、何度か近くで見たことがあるがね、ああ、仕事で、彼の側近を何人かちょいとね、うん、用があって。」
・・・それは暗殺の仕事をした、という意味なのだろう。この男は何かの折に僕にその手業を教えてくれている。
言葉をいくら濁しても、何人かにはこの男の前身は知られているのだからそこまで言っては無意味だと何故わからないのか。
「随分と耄碌していたし、誰かを求めている目をしていたのに、それでも身体全体から、こう、目を引き寄せられずにいられないものがあったよ。弱々しくて到底、絵を描きたいとは思えない人だったがね。何か吸引力があった。けれど、今上陛下に、それを感じられないのがひどく残念でね。あの輝くような若さに、あの吸引力があったなら、どれだけ魅力的だったろう、そう夢想せずにはおれなくてね。」
熱く語る男に、流石についていけず、ふうん、と生返事をした。
すると急に、寧ろそうだな、と男の声が低められた。
「吸引力、という点ではお前の方が惹かれるね。」
僕は殊更ゆっくりと笑った。
何かを探っている。
何を?そんなことは明白だ。だが、そんなことは曖昧にするに限る。
「あんたは見る目がないからな。それに、仮面をつけてる奴の言うことなんか、信憑性は無いね。」
「ふん?そうか。・・・そうかもしれないな。」
言い捨ててやれば、男は何か考えるよう呟く。
いつものように一人勝手に納得する男を僕は置き去ることにする。
思考に捕らわれたのなら、それはたやすいことだった。
男から受け取った、今日の分のスケッチを分類するために部屋を出た。
作品名:あの椅子を埋めるもの 作家名:八十草子