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オトナの甘さ

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オトナの甘さ


ヤッた後のベッドの脇で煙草をふかすというシーンは誰が一番最初に考えたんだろうか。これといって思い当たる映画があるわけでもないのに、なぜかその光景は手垢の付いた演出に思えてならない。画面の向こうの世界ではなく、しみったれた現実を生きる人間が演じてみたところで、哀愁だとか愛憎だとかは一切ない。
どうせ仕事に疲れたサラリーマンの晩酌程度の意味合いしか持ち合わせてはいないのだろう。

そう、特に意味などないことはわかっているが、それでもそれを壊したいという衝動に駆られてしまうのも、どこかの映画の受け売りなんだろうか。

「戸梶」
振り向いたところで手を伸ばしたら、意外だという顔をされた。
「お前が欲しいって言うのは珍しいな」
「俺だって吸わないわけじゃねぇよ」
お前程じゃないだけだ。
戸梶は気のない返事を零すだけで前を向く。
「吸いたけりゃ起きろ。人のベッドで寝煙草すんな」
自分のことは棚上げでよく喋る豚。ベッドサイドに灰皿があるのがいい証拠だというのに。
「じゃ、水」
低く掠れた音しか出せない。とりあえず言ってみた要求だったが、こちらの方が体にとっては切実なものだったらしい。
「あぁ?ふざけんな。んなもん自分で持ってこい」
戸梶の顔は簡単に歪む。飽きるほどに見慣れた顔。俺も大概人のことは言えないが、こいつの眉間は疲れたりしないのだろうか。
「だるい」
一言で返してやれば、苛立ちを隠そうともせずに舌うちされる。
「どう考えたって俺のがだりぃだろうが!・・・っ!!あーくそっ!」
自分で自分の台詞が恥ずかしくなったのか、乱暴に言葉を切り上げて立ち上がる。
あれだけ醜態を晒しておいて何を今更、というのが火に油だってことくらいはわかっているので黙ってやる。未だにあいつの羞恥の感覚は理解できないが、そんなところもおもしろい。
灰皿に押し付けられたそれはまだ長くて、少しもったいないと思った。

戻ってくる前に脱ぎ捨てられたままの服に袖を通す。着終えたところでドアが荒々しく蹴り開けられた。
見ればマグカップとコーラのボトルを持った戸梶の姿。
「・・・なんでコーラなんだよ」
「仕方ねぇだろ。余ってんだ。俺はあんま飲まねぇし。持ってきてやったんだから文句言うな」
なんで飲まないもんがあるんだって言葉はコーラと一緒に飲み下す。
気の抜けた炭酸みたいに甘い奴。


重苦しい携帯のバイブ音が空気を揺らす。
「戸梶」
持ち主は眉間の皺を深くするだけで動こうとしない。
「なんかすげぇ嫌な予感がする」
「くだらねーこと言ってないでさっさと出ろよ」
渋る理由を鼻で笑って、鳴り止まずに震え続ける携帯を投げつける。

こいつの勘が悪い方によく当たることを忘れていた俺にも非はあった。

「俺だ。どうした。・・・・・・・・・あぁ?・・・・・・・・・・・・ばかじゃねぇの」
不機嫌な顔がだんだんと解れていく様を見て、電話の相手は芹沢だろうと見当をつける。適当な相槌を打ちながらも、もう目は完全に笑っている。

嫌な予感はきっと俺に傾いた。
・・・本当に、豚の鼻は変なところでいいものだ。


大人しくしてろと聞こえたところで電話が終わる。おそらく今から芹沢のところに行くのだろう。
「おい、お前も出るぞ」
「芹沢のところだろ。何で俺が行く必要がある」
「お前ぇが言ったんだろ、芹沢は滝谷と一緒だって。俺ぁ二人もお守すんのはご免だ」
こいつの言う通り、源治が相当な馬鹿でヘタレじゃない限り、芹沢の隣に源治もいるのだろう。
だが問題はそこじゃない。

「俺の優先順位をお前と一緒にするな」

沈黙が言葉の真意を探る。
答えに結びつく前に無機質な振動音が割り込んだ。今度は俺の。
転がっていた携帯を拾い上げてディスプレイを見る。そこに記された名前は案の定、図体ばかりでかいガキ。

『伊崎・・・ちょっと困っ』
「今から行くからそこにいろ」

返事も聞かずに切ってやる。目の前のニヤついた顔も、電話一本で腰を上げている自分にも、不愉快が煽られる。
「あー面倒臭ぇ・・・。何やらかしたんだよ馬鹿共は」
隣からくくっと喉の奥で笑う音がする。
「電話くらい最後まで聞いてやれよ。・・・チャリ盗られた上に水浸しで、二人して金が無いんだと」
向こうについたら一発入れることを心に決めて上着を羽織る。
「これだからガキは嫌いだ」
「俺もお前も結局同じ穴の狢だな」
「うるせーよ」


そんなこと、言われなくてもわかってる。
作品名:オトナの甘さ 作家名:このえ