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secret mind 1

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 折原臨也は頭が良かった。


 ナイフが煌めき、その軌跡に金糸が僅かに宙に散る。見開いた瞳とぶつかった稀有な色した瞳は、満足げに弧を描くと身を翻した。黒の短ラン背中に、数瞬遅れて激昂した声が地を震わせた。

「いーざーやァァァア!!!」

 グラウンド全体に響き渡る身が竦むような怒声と同時にその手から放り投げられたモノ。あらかじめわかっていたかのように楽しげな笑みを浮かべながら飛来物を軽やかに避ける。その姿に一層青筋を増やし、
「避けんじゃねぇぇっ!」
 怒声と共に、重力を無視してサッカーゴールが飛来し、地にめり込んだ。
「おっと! 避けるに決まってるじゃない、こんなの当たったら死んじゃうよ。そんな事もわからないなんてバカなの?」
 シズちゃん。と、 風に黒髪を揺らしながら嘲笑うように目を眇め、振り返った。




「今日こそそのくだらねぇ口きけねぇように息の根止めてやるから覚悟しやがれ!」
「はっ、シズちゃんに殺されるなんて冗談じゃないね!」

 屋上まで駆けあがってきた二人以外、いつのまにかギャラリーはいなくなっている。もうとっくに休み時間は終わっているはずだ。
 息を切らせながらも、余裕の笑みを浮かべた臨也が「そういえばさ」と言いながら、あらぬ方向に曲がり使いものにならなくなったナイフを捨てた。

「さっきの時間寝てたよね、先生の苦々しい表情も気づかないなんてさすがだよ。ていうか、何の授業やってたか知ってるの?」
「いちいち観察してんじゃねぇ、うぜぇな」
「別にみたくてみてたわけじゃないよ、でかい体が前の方で机に突っ伏してたら嫌でも視界に入るでしょ。シズちゃんてば、自意識過剰なんじゃない?」
 揶揄るように笑えば、苛立ちがこちらまで伝わってくるようだ。想像通りの反応に愉しげに鼻を鳴らす。
「現国だよ、夏目漱石。名前くらいはシズちゃんも知ってるでしょう」
「あぁ。」
「―――月が、綺麗ですね」
「あぁ? 月…?」
 そういって空を見上げる静雄に「やっぱりね」と、くつりと笑った。
「シズちゃんが知ってるわけないか、情緒の欠片もなさそうだもんね。君ならきっと件の生徒のような訳をして漱石に窘められるんだろうね」
「なにワケわかんねぇこと言ってやがる」
 治まった筈の怒りがふつり、と沸き上がるのを見てとり肩を竦めた臨也は、「はいはい」と、宥めるように笑いつつ手をあげてみせた。
「夏目漱石は英語教師をしていたんだよ。」
 直接の答えにはならない言葉に、ますます眉間の皺を深くした静雄に構わず、臨也は続けた。
「無粋なことが嫌いだったらしい彼は、I love youをそう訳したんだよ。他にも彼の作品には当て字や言葉遊びが多用されてる、軽はずみに「愛」を語らない昔の人の感性は実に面白い。そう思わないかい?
 ―――ねぇ、シズちゃん」
「あ?」
 白い雲がはれ、太陽が顔をのぞかせる。静雄は降り注ぐ光に目を細めた。逆光で臨也の表情がよくわからない。かろうじて口元が弧を描いているのを見て、またいつもの胸糞悪い笑みを浮かべてるのだろうと思った。

「月が、綺麗だね」
「…? なに寝ぼけたこと言ってやがる」
 怪訝そうに眉を寄せる静雄に、目を眇めると赤を光らせた。
「そうだね、お遊びはここまでにしようか…ねぇそろそろ死んでよ」
 シズちゃん、
 嫌みたらしい笑顔を浮かべ、袖に仕込んでいたナイフを取り出すと、首元めがけて振りあげた。




 給水塔の影に腰を下ろした。
 片手で脇腹を押さえたままコンクリートに横たわる。ひやりと頬にあたる感触はざらざらしていて、とても心地よいとは言えないが、それよりもどくどくと鼓膜を震わせる音と同時に響く痛みに眉を顰めた。もう一方の手に握る携帯を見つめ、そろそろと息を吐き出す。
 今、午後の授業が始まったばかりだから、少なくともあと一時間待ち人は来ないだろう。じくじく痛むそれに意識を逸らそうと上を見上げると、気分とは裏腹に突き抜けるような青空が広がっていて更に気鬱にさせた。

(……しくじった、)
 誰も見ていないことをいいことに顔を歪め、舌打ちする。
 ―――いつもなら。
 引き際を読み違えたりせず、あれでお開きにしていたはずだった。でなければ多少身軽であること以外、特に目立った能力のない自分が桁外れの馬鹿力を持った相手とやりあうことは不可能だ。やめることなんて微塵も考えていないが、それはともかく。
 二度目にナイフが閃いた瞬間の間の抜けた表情は見物だった。
 頬を掠め飛び散る赤。
 まったく予想していなかったのだろう、目を見開いた間抜けな表情。
 自分達は殺し合いをしているというのに悠長なことだ。振りかざす刃も地を抉る拳も飛来する物も、普通であれば死に直結するのに子供の喧嘩と勘違いしているんじゃないだろうか。
「ははっ、……バカみたい」
 虚を突かれた顔を思い出してほんの少し気分に上向いたが、振動で腹が痛みすぐに下降した。

 どうしてか、なんて考えるまでもない。
 有り体に言えば、ムカついたから。それ以外に奴に対する理由なんて必要なものか。
 しかし、その結果がこれだと思うと苦いものがこみあげる。
 我を失えば必ず自分に返ってくる、常に頭の隅は冷静でいなければならない。傍観者という立ち位置から降りて当事者になるつもりはない。だというのに。
 いつだって、思い通りには進まない。今日だってそうだ。
 逆上した静雄によって屋上の給水塔につながるパイプが、自分へと飛んできた時、身を翻してそれをかわした。さすがに遮蔽物が少なく、逃げ場もないこの場でやりあうのは明らかに不利だ。場所を変えるか、と視線を周囲に巡らせた瞬間、しまった、というように静雄が顔を顰めた。
 視線を辿ると先程のパイプが地に突き刺さっている。階下はグラウンドだ、本来ならば授業中である時間、当然ながら授業が行われ、教師及び生徒がいる。突然落ちてきたそれに悲鳴があがる。どうやら誰も怪我はしていないようだが、こんなことが出来るのは来神の中でも一人しかいない。
 忌々しげに自分を見やり、舌打ちすると屋上から出て行った。
 その背中は、またやってしまったというような思いが滲み出て少し小さく見える。何だかんだ、平和島静雄は律義でその破壊的な力を除けば、平凡な生徒といっていい。なので、行き先なんて訊くまでもない、正直引き止めてまでやり合うメリットが此方にない為、その背中を見送った。

「った、た……」
 階段を下りる音が完全に聞こえなくなると片手で腹を押さえてその場に蹲った。
 冷や汗が背中を伝う。万が一を考え、動きたがらない身体を叱咤し給水塔の影までくると壁にもたれかかるようにしてずるずると倒れ込んだ。
 ポケットに入れてある携帯を取り出すと、震える手をおさえ簡潔にメールを送信する。

 逃げ場も少ない屋上。動きも制限される場所故、実は、角が掠っていた。
作品名:secret mind 1 作家名:鏡 花