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不慣れな幸福を分かち合う、ふたりで。

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        不慣れな幸福を分かち合う、ふたりで。






深夜のくだらないB級映画を二人で見ているうちに寝オチして、ふと目が覚めたのは明け方。
テレビは消えていて、静雄はソファから足をはみ出させながら毛布をかぶっていた。
恋人の姿は見えない。
隣の部屋のベッドで寝ているのだろうか。
時計を見ると、まだ数時間しか眠っていないとわかった。うつらうつらと観ていた映画は、意識のある内に終盤を迎えていたはず。
くん、と静雄は鼻を鳴らす。
かぎ慣れた匂いと共に、ひんやりとした風が頬に触れる。
ソファのすぐ横の、ベランダの窓が少し隙間を開けていて、愛しい人はその外にいた。
静雄は足元に毛布を落とした。

「トムさん」
呼ぶと、窓越し、背中を向けたまま、手すりをつかんでいた右手が振られた。
おいでおいで、と振る指先に、火の点る煙草があって、静雄は胸の内側に黒い染みがじわりと湧くのを感じた。
頭を振って、その黒い染みを押し込め、狭いベランダに二人並ぶ。
「寒くないですか」
「ちょい冷えてきたな。さっきまで暖かかったんだけど」
「あれ、エアコンつけてましたっけ」
「や、寝てるお前抱っこしてた」
「だっ・・・!!??」
「ベッドまで連れて行こうかと思ったんだけど、やっぱ無理でさ。んでしばらく抱っこしてうとうとしてたらソファから落ちそうになって」
「すっすすすみません!!」
「お前体あったかいよなぁ。子供みてぇ」
「うう。つか、なんで起きないんすかね俺」
「寝顔かわいーよな、静雄」
「かっ!?」
「イタズラしても起きてくんないし寂しいからここで星でも見ようかと」
「いいい、イタズラって、トムさん」
「今さ、金星が一番大きく見える時期なんだと。でも東の方曇っててよくわかんねぇんだよな」
暗い空を指して、トムが言う。静雄もつられて見やるが、星は見えなかった。
「ああ、なんか、テレビで言ってましたね、そんなこと」
風が吹いて、トムの指先からジジ、と灰が落ちる。
「さてと。冷えてきたし戻ろっか。ベッドで寝るべ?」
「あ、はい」
静雄は何げなく伸ばされた手を取って、その冷たさに顔をしかめる。
ぐい、と加減しながらトムの体ごと引き寄せて、腕の中に閉じ込める。
「静雄?」
「いつから、ベランダにいたんすか」
「・・・あー。煙草2本分?」
トムが目線を下げた足元に、ご丁寧に灰皿が置かれていた。
「星も見えないのに」
静雄は押しこめていた黒い染みが、繁殖するのを感じていた。
「部屋ん中で、吸えばいいのに」
「ヤニ臭くなっちまうだろ。壁とか色変わるし」
「って、言われたんですか」
昔、つきあっていた女に。
言ってしまってから、静雄は激しく後悔した。
「静雄―」
「ごめんなさい。今の、なしで」
トムは、腕の中で困ったように笑う。
「お前、ほんとにあったけーのな」
ぐりぐりと、トムが静雄の胸に頭を摺り寄せる。
「っ、だから、トムさんが冷えてんですよ」
苦笑ひとつで失言をなかったことにしてくれたトムに、静雄は感謝した。

もつれるようにして部屋に入ると、窓を閉めてカーテンも引いた。
吸殻を始末して、つけっ放しだった電気を消した。
手をつないで、リビングの隣の部屋に入る。
「エアコン、つけます?」
「いーよ。おまえあったかいし。くっついて寝よ」
「寝るん、ですか」
静雄は、これが精いっぱい、というように、つないだ手を握りしめる。もちろん、トムの指の骨を折ってしまわないように。
「・・・おまえ、その顔、反則」
あーもう、とトムは空いた手で自分の顔を半分隠した。
「トムさん?」
「布団入ってからなし崩しに致そうという俺の計略を」
「な、なしくずしって」
「誘ってくれんの、珍しいな。うれしい」
へらりと笑うトムに、静雄はすでに赤い顔をさらに真っ赤にさせてうつむく。
「ううう」
「嫉妬も、うれしい。って言ったら怒るか?」
「・・・怒りません。けど」
「うん」
「嫉妬、とか。反射的にしてしまう自分が嫌です」
「うん。悪かった」
「あと、トムさん、そんなの計略っていうほどじゃないと思います」
「それもそうだ」

愛しい人は、慈愛に満ちたまなざしで静雄を見上げる。
握っている手は、まだ冷たい。けれど、静雄はそこに暖かな幸福を見つける。
いつのまにか、胸の中の黒い染みは、泡がはじけるように小さくなっていた。
それは完全に消えることはないのだろうけれど、つかの間、忘れることはできる。
全部この人だ、と静雄は思う。
自分の醜さを露呈させられるのも、それを忘れさせてくれるのも、愛しい気持ちで破裂しそうになるのも、ただおだやかにまどろみをくれるのも。
静雄は、愛しさで泣けるということを知った。時折孤独になりたがるトムは、それを知っているのだろうか、と思う。
もしまだ知らないのならば、教えるのは自分の役割だ。
「トムさん、」
すきです。
静雄は、消え入りそうな声で恋人の名を呼び、つないだ手を持ち上げ、その冷たい指先に口づけた。