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愛しい物語の終わり

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土曜日・午前


『午後から雨が降るらしいよ』
 早朝にかかってきた非通知の電話は、聞き覚えのある声でそう告げた。時刻は朝の五時過ぎ。寝ているところを着信音で叩き起こされ、門田京平は深い溜め息で返事をした。

「何の用だ、臨也」
 寝起き特有のだるさを隠さない声で、門田が尋ねた。もう少し寝ている予定だったが、寝床から身を起こす。カーテンの隙間から外を覗くと、昨日の雨はもう止んでいるようだった。まだ薄暗い。
『今日の天気は有益な情報だろう? 帰りに降られたら厄介だ。情報料を要求したいところだけど、特別にタダにしといてやるよ』
 電波が悪いのか、大袈裟な物言いに混ざって雑音が聞こえる。門田は、まだ眠気の抜けきらない頭でつらつらと考えた。
「で、何の用だ」
 門田は再度尋ねた。
『……モーニングコール』
「分かった。切るぞ」
『待って、冗談だよ』
 臨也は、なかなか次の言葉を言わなかった。そもそも、臨也が電話をかけてくること自体が珍しい。何か良くないものを感じ取って、門田は続きを促した。
「何だ、どうした?」
『うん、あのさ……』
 門田は、携帯を耳に押しつけた。天気予報など比較にならないほど悪いニュースになりそうだ。門田は何か言おうとしたが、一瞬早く臨也が言葉を零した。
『高飛びすることになった』
「は?」
 臨也の思いがけない発言に、門田の眠気が一気に覚めた。
『新羅に色々頼んでるから、来週あたり俺の葬式になると思う』
「……臨也」
『何?』
 薄暗い部屋に、門田の深い溜め息が落ちた。電話越しの臨也にも伝わっただろう。
「馬鹿か、お前」
『うん、新羅にも言われた』
「当たり前だ。つーかそれしか言葉が出ねぇ」
『うん』
「……それはもう、土下座して回ったぐらいじゃあどうしようもないんだな?」
 いつかこんな日が来るだろう。そう思ってはいても、すぐには受け入れられなかった。臨也は、電話口で笑うような吐息を漏らした。
『それで仮に生きていたとしても、俺はもう五体満足じゃないだろうよ。ここに居られなくなったことは正直残念だけど、もういいんだ。腹を括ったよ』
「そうか」
『ねぇ、もし、また戻って来られることがあるかもしれないから、俺の葬儀の様子を良く見ておいてくれよ。どんなふうになるのか、すごく興味があるんだ』
「全く、お前はどうしようもないな」
 門田は再び溜め息を吐いた。
『そうなんだよ。俺もこうなってから色々考えたんだけどさ、生まれる前からやり直さないとどうしようもないという結論に、さっき達したよ』
「……ようやく気付いたのか」
『ああ、自分でもびっくりだよ。だけど、俺はどうしようもないまま死にたかった』
 電波が悪いのか、ノイズ混じりに語尾が途切れた。
「おいおい、あんまり縁起が悪いことを言うなよ」
『大丈夫だよ』
 臨也は暢気に欠伸をし、それから笑った。
『もうお勤めのサラリーマンが出社して行くよ。朝早くって、空気が薄青いだろう? そこに、疲れたおじさんの影が長く伸びてるんだ。シュルレアリスムの絵画みたいだよ。まるで別世界。そのくせ雀がチュンチュン鳴くんだよ。……一体、俺にどうしろって言うんだ』
「……後悔してるのか?」
『してないよ。断じてしてない。だけどドタチン、日の出なんだよ。雀だって五月蠅いんだ。俺にも五月蠅くする権利はあるはずだ』
「仔馬を見習ったらどうだ?」
 門田は、記憶の片隅に残っていた教科書の一節からそう口にした。中学だったか高校だったかも忘れたが、臨也は当然のように門田の指し示す意味を理解した。
『無理だよ。俺は今更、そんなふうに世界の美しさに感嘆したりは出来ない』
 臨也は昔から、投げやりに曖昧な言い方をしても、丁寧に補完して返した。常々口にする人間愛の、唯一信憑性が感じられるところだ。臨也の話は、矛先を人間に向けると目も当てられないが、知識に向ければ面白い。門田はそれに気づくまでに随分時間を潰し、そしてついに零になった。
『……そういえば、子供の頃に嘘を吐いたんだ。何の気なしに吐いた嘘さ。意味なんて無い。雀は渡り鳥なんだよ、てね。ねえドタチン、雀は海を渡れると思うかい? 蝶だって海を渡るんだから、不可能なんてことは無いだろうね。その気になれば行けるんだろうね』
「蝶は海を渡るのか」
『渡るよ。ほら、彼らは体が軽いだろう? 気流に乗って飛んでいくんだ。疲れたら通りかかった船とか、その気になれば海面にだって止まれるよ。アメンボみたいに』
「雨が降ったり、波が来たらどうするんだ」
『雨は鱗粉がはじいてくれるし、海は深いほど波は穏やかなんだよ。地学で習っただろう?』
 臨也は、百科事典をひっくり返すように知識をばらまいた。無意識に押しつけ過ぎていたのか、門田は耳が痛くなってきて携帯を反対の耳に移した。
「悪いな、俺は生物だった」
『俺だって生物さ。一緒に受けたろう?』
「そうだったか?」
『そうだよ』
「そうか」
 そこからは、下らない思い出話ばかりになった。臨也は饒舌に話した。門田はいつになく真面目に相槌を打った。いつの間にか、カーテンの隙間から日が差しこんでいた。

 テレビの天気予報は晴れだったが、試しに傘を持って出ると、臨也の言うとおり昼過ぎに雨が降り出した。

 
作品名:愛しい物語の終わり 作家名:窓子