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【みーまー】ウラのウラはオモテかもしれない【ネタバレ注意】

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年月というものはそう簡単に過ぎ去るわけじゃない。過去を振り返るとあっという間だったように感じられるけど、それって結局一秒一秒の記憶が抜けてるだけなのだ。積み重ねた時間は変わらない。だから今日も私は毎日を踏みしめながら生きていて、前よりちょっとだけハリのあるコンビニのバイトをこうして続けているのだ、まる。
「いらっしゃいませー」
自動扉が開くと同時に口から飛び出すこの台詞は、まあ判を押したように変わりがない。
テンプレである。習慣である。更に言うなら無意識である。
レジに立ってぼうっと前髪を弄っていた手を慌てて下ろして、繁盛しないコンビニの開いた扉に目をやった。
やって来たのは不法入居なお隣さんの男の子で、顔見知りということも手伝って機械的でない笑みを浮かべてみようかと苦心してみた。無理だったので会釈にした。
他にお客さんもいないので人間観察してみる。おにぎりコーナーをうろうろ。飲料コーナーをうろうろ。よくある光景だった。
再びガーッと自動扉が開いたので、「いらっしゃいませ、こんにちはー」また自動的に言葉が排出された。壮年の男性だった。まかり間違ってもあの日少年をストーキングしていた青年じゃない。これまた雑誌コーナーをうろうろ。ありがちな光景だった。
すみません、と声がかかる。カウンターに置かれた商品と少年の顔を見て、すぐさま笑顔を作るのが、アルバイト歴の長さを表しているのではなかろうか。
おにぎり一個、お茶一つ。これだけで足りるのかね、育ち盛りのオトコノコ。そう言う代わりに他の言葉を気紛れに吐き出してみた。
「兄妹なんだって?」
え、と少年が顔を上げる。
「君と、あの女の子。最初は恋人同士かと思った」
「どうして兄妹だって」
「教えてくれた人がいたんだ」
にひゃくにじゅうえんでーす、間延びした声で値段を告げる。はい、ちょうどおあずかりします。そう言ってレジスターをぱちぱち弄って、レシートと袋に入れた商品を手渡した。あ、はい、と生真面目に少年はレジ袋を受け取る。きょろ、と目玉だけ動かして少年の線の細い顔を見る。にや、と少し意地の悪い笑みが出た。
「君をストーキングしてた男の人」
えぇ!?と素っ頓狂な声を出して少年は驚いた。そりゃ驚くだろうよ、と思いつつ「次の方どうぞー」と後ろに並んだ男性に声をかける。すみません、と少年は恐縮したようにレジの端に寄った。
「あ、あと、その男の人と知り合いの女性刑事さん」
ありがとうございましたー、となおざりにお辞儀をして壮年の男性を見送る。少年はまだレジの前に立ちすくんだままだった。どう反応すればいいのか悩んでいる様子でもある。
ちらと時計を見た。短針はもう交代の時間を指している。バックヤードを覗いた。交代のオッサンが暇そうに新聞を広げていた。声かけろよ、と思いながら唇をへの字に歪ませている少年に問いかけた。
「少し時間あるかね少年」
え、だとかう、だとか口ごもっている少年の答えも聞かずにレジ横のおでんから好きな具をひょいひょい取って、つゆだくにして、からしもつけて、自分でお代清算して、そんで少年の手に押し付けた。
「コンビニの外で待ってて。マッハで着替えてくるから」
目を白黒させているのを放ったらかしにして、バックヤードのオッサンにおつかれさまでしたーと挨拶して、急いで制服を脱いで普段着に替える。裏口からコンビニを出ると、少年は律儀に待っていてくれた。
「お待たせー」
手を振る。ぺこ、と頭を下げられる。押しつけておいたおでんを受け取って、「公園行くか、座れるし」と少年を誘う。特に異存はないらしかった。
公園のベンチに並んで座って、私はおでんの蓋を引っぺがす。くたくたになった大根を切り分けて、熱い汁を啜った。少年はなんとなく手持無沙汰になったのか、さっき買ったコンビニおにぎりにかぶりついていた。
「あの、男の人って、どんな人だったんですか?」
「どんな人、ねえ。普通の人だったよ。あぁ、右腕が痛むとかで全然動かしてなかったな」
そんで私と顔見知り、っと。この情報は横に座る少年には必要のないものだろう。
少年は誰かのことを思い出したように溜息をついて、「なんて、言ってました?」と尋ねてきた。
「君たちが兄妹だってこと、お隣さんに不法入居してること、」
指折り数えて言ってみる。こうして並べ連ねるとお隣の兄妹、やっぱり怪しい人のように見える。ああそれから、と思い出したように言ってみた。
「君たちのこと、黙っててくれって」
うわぁーだとか言って少年はそれきり黙ってしまった。やっぱり知り合いだったらしい。
幸せになるために逃げた、だっけか。どうにもちぐはぐな名前も知らない青年の言葉を思い浮かべてみた。結局最初から最後まで彼は名乗るという行為をしなかった。や、それは私もだけどさ。
「ねー」
声をかけてみた。はい?だとか言って少年は顔を上げる。
「今、幸せなの?」
質問から一拍置いて、少年はにへ、と相好を崩した。私とかあの青年だとかに、似てるよーな似てないよーな笑顔だった。多分、似てない。裏のない笑みだ。
ウラのウラはオモテなのかどうか、私にはさっぱりわからない。オセロみたいに単純にできてないので、ウラのウラはウラのまんまかもしれないのだ。
「家まで送りましょうか」
「ぃいよ、もうこの街、平和だし」
立ちあがった少年がそう言ったので、あはは、うふふと会話してそれじゃあと笑って手を振った。そんなに茜色もしてない夕暮れの空に、その背中が溶けるより手元のおでんに取り掛かってしまった。接客業失格である。
まあいいか、と思って、てふてふ地面を蹴った。空を見た。こういう感傷的な雰囲気の時には雲ひとつない空が似合うんだろうが、生憎物語の主人公でもないのでそんなに都合よくいかなかった。あーあ、と思う。なんとなく、高いところが好きだと言った件の青年を思い出した。玉子の黄身を溶かしたおでんの汁をずずっと啜った。うん、おいしい。
奥さんが五、六人いるとか言っていた。あれ以来時々見掛けるようになったあの青年は、確かに見る度に違う女性と親しげに歩いていた気がする。
「あなた、何番目の奥さんなんですか、って言ったら困るかな」
困るだろう。ただでさえ苦労してそうだったし。目の前で喧嘩するかもしれない。
「それでもいいかな」
それも面白そうだ、と呟いて、次会った時には言ってみようと決意する。それで、困った顔をした青年の目の前で言ってやるのだ。
「私、幸せですよ」
ウラのウラがウラのまんまでも、幸せの背景は不幸なことに代わりはないので。