二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
みっふー♪
みっふー♪
novelistID. 21864
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

かぐたんのゲテモノ日記

INDEX|13ページ/16ページ|

次のページ前のページ
 

×月×日(10)



地面に這いつくばったまま、コーチは淡々とした口調で語り始めた。土の上に草のむしれたひとつところをじっと見つめるようにして。
――……あの頃私の土下座でオチない接待はなかった、どんな難しい交渉も私の四つん這い外交ですんなりまとめてみせた。なァに、こんな重くもない頭、安いモンさ、私はいくらでも平気で土下座した、土下座して土下座して土下座して土下座しまくって、結果私の地位と名声は鰻上りさ、――あいつを呼べ、あの男だ、ヤツに四つん這いさせりゃあ一発だ、評判が上がれば上がるほど、逆に私はどんどん頭を低くした、地面すれすれ這いつくばって、めり込むほどに額を下げた、愉快だった、たかが土下座だ、何を躊躇う事がある、私に出来て他の奴らに何故出来ない、ただ地べたにデコ擦り付けて、おながいしますとものの数秒泣きついてみせりゃあ、それで向こうは勝手に引いてくれるのさ。
――しかし、なぜだろうなぁ……、コーチはふとグラサン越しに遠い目をした。
……ある日不意に思ったのさ、もしもここで私が頭を下げなかったなら、この場はいったいどうなるのだろう、とね。ほんの些細な好奇心さ。だが、私はどうしてもそれを試さずにはいられなくなった。二度と戻せぬパンドラの函だと知りつつ、中から飛び出すのはハイそれまでよの首人形だとわかりきっていて、それでもなお私はその危険な思い付きを行動に移した。――こんダボがァ!! こちとらいつまでもおとなしゅう頭低ぅしとる思うなよ脂身まみれのブタまんじゅう野郎!!
連中、同僚も含めてだが、皆呆気に取られていたよ。それからたちまち思い出したように場が凍りついた。ひとり自由の身の私だけが悠々部屋をあとにした。それきり職場に足を踏み入れたことは無い。
しばらくは愉快でたまらなかったよ、無期限の自宅謹慎を言い渡されても大変なことをしたという自覚は微塵も無かった。あれは……、そう、事件から何日後だったかなァ……、リビングでテレビを見ながら寝こけてしまって、晩飯どきだというのに家の中が妙に暗いんだよ。台所からも物音ひとつしない。だが不思議とね、気持ちは落ち着いていたよ。妻の気配の無い台所に立って、カウンターにぽつんと置かれた指輪を見て、――ああ、そうか。私の心はそのときようやく現実と対面したんだ。私はね、自分の心をコンビニ袋でぐるぐる巻きにして、少しずつ窒息させながら生きていたようなものだったんだよ。土下座するたび床に擦られて削ぎ落とされていく心のいちばん柔らかい場所を、無残にやせ細っていくその様を見ないよう目を背けていた。
思えばあの頃、妻と会話らしい会話を交わすこともほとんどなかった、……おかしいだろ、これでも結婚前は本気で妻に恋して、この人を絶対幸せにするんだって、バリバリ出世して偉くなって、入り婿だって肩身の狭さもすぐに払拭してみせるさ、確かな希望に燃えていたはずなんだよ、それが……、どうしてなんだろうなぁ……、あれは、接待で初めて四つん這った日のことだったかな、おそらくあの日は、妻と私の何らかの記念日だったんだ、妻は少し贅沢な食事を用意して、食卓に花を飾って待っていてくれた、……今じゃ夢みたいな光景だよ、だけど私はね、食卓に飾られたその花を見た瞬間、頭にカーッと血が上ったんだ、あとはもう目茶苦茶さ、――俺がどんな思いで、なのにお前はいい気なモンだな、部屋の隅で妻は怯えていたよ、私はたぶん、笑いながらテーブルに並んだ皿をなぎ倒していたんだ、ヘラヘラヘラヘラ、笑いながら、――チクショウ、バカにしやがって、どんだけ俺をコケにすれば気が済むんだ、……惨めなモンさ、そうやって妻に八つ当たりしたところで私があんな下らない連中に頭を下げた事実は曲げられないのにな。
それからはもう、何も考えなかった。何も感じないようにした。言われるままに頭を下げ続けて、やがてそれが病み付きの快感になっていった、いっそそのままコワレちまえばよかったのにな、なのにニンゲンのカラダってやつは面倒だ、最後の最後で悪あがきさ、やってられるかコンチクショウ、ってま、どのみちそれで私のキャリア人生はジ・エンドだったわけだがね。――……ハハハハ、わかるかいおじょうちゃん? コーチはそう言って乾いた笑い声を立てた。
――わかるわけないか、どーだいこれがおじさんの物語さ。大して面白い話でもなかっただろ?
――……、ふるふるふる、私は頭を振った。何と声をかければよいものか、それよりコーチ、いい加減頭を上げてください、私は地べたに張り付いて肩を震わせているコーチに手を差し伸べた。


+++++