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お題に挑戦した再録・茶雨編。

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でんせん(2006.8.27)



 街は、夜遊びにでかける集団と帰宅する集団が行き交い軽い渋滞を起こしている。いつもは部活が終わると真っ直ぐ家に帰っている雨竜は、久しぶりに見た駅前の人ごみに面食らった。
 正しく右の歩道の、更に右側を歩いているのに向かいから人が来るというのはどういうことだ。後ろが詰まってきたので少し脇にずれるか、より先へ行きたいのに自分の前の集団の歩みが遅く自然前後と自分の三つの集団は一つの妙な行進になった。
 ビルの入り口へ寄って集団を送ることで逃れることができたのだが、信号を渡るとなれば人も自転車もめいめい好きな方向へつっ込んでくるので、どっちへ避けようか考えている間に前と後ろから突き飛ばされ、まるで濁流に落ちた木の葉になった気分だ。留めに厚塗りのギャルに邪魔だといわんばかりの顔で睨まれた。見るに耐えないその表情は本当に留めとなり、雨竜は信号を渡りきったビルの植え込みの脇で足を止めると、
『僕以外の人間、全員道の端っこ歩けよ…!!』
 体重が五キロも減ったようなやつれ顔で思った。が、現実的に無理な話であった。
 駅まで行ってバスに乗るつもりだったのだが、このキリのない人ごみを歩くことがひどく面倒になった。かといって自転車は家だしタクシーなんて身分不相応、近場のバス停まで歩くことにした。
 普通の商店と居酒屋が入り混じり向かい合う通りまで来て、雨竜はガラス張りの筒状のものが光っているのを見つけた。近寄るとそれは花束の自動販売機だった。中は四段に区切られており、値段もいくつかに設定されていて、それ相応の花束や器にアレンジされたものが入っている。余った花の有効活用であり、客にしても家へなりこれから行く飲み屋へなり手土産にちょうどいいのだろう。販売元らしい花屋はその場所よりほんの少し引っ込んだビルの一階にあって、店のシャッターは既に閉まっていた。
 今日は人の出が多いおかげか、花はすっかりなくなっていた。ゆっくりと回る中の棚を珍しそうに見ていると、一番上の棚から一つだけ、黄色の花束が姿を現した。ひまわりと黄色のバラ、かすみ草と羊歯に似た緑の葉。花はどれも小さいサイズのものを使っているので、文字通りちんまりおとなしく棚の中に納まっている。
(…かわいい)
 そう思って見ているうちに、棚はゆっくりと黄色の花束の姿を隠してしまった。
 花束の値段と、財布の中身と、今月の残り日数を考えているうちに花束は三巡目に突入した。いつまでも眺めていても仕方がない。雨竜は後ろ髪を引かれる思いで右足を道の先へ向けた。

 数分後、バス代の数倍の金が黄色の花束になって雨竜の左手におさまっていた。
 無駄遣いだと分かっていたが、一つだけ残ってしまいこのまま朝には打ち捨てられてしまうのだと思うと寂しく、それと知っても咲き続ける姿がいじらしく気がつくときた道を駆け戻って料金投入口に1000円札を入れていた。
(前はこんなもの、気にも留めなかったのに。ばかだなぁ)
 そう思いながらも心は充足していた。大事を成し遂げたわけではないが、世界を一つ、手に入れたような気持ちだった。
 信号が変わったのだろう、大通りから雨竜のいる通りへ『とおりゃんせ』と人が流れ込んできた。花屋のシャッターの前へ逃げて流れが弱まるのを待って、彼は家へ向かって歩き出した。街から歩くのではずいぶん時間がかかる。それまでに花が萎れてしまわないといいけれど。そう思いながら雨竜は花をそっと胸に抱いた。

 この花を何に活けよう。ミルクパンなら合うかな。
 チェストの上に飾ろうか、あそこなら部屋に入ってすぐ目につく。
 そうして今日、夕飯を食べながら言ってやるんだ。

「君のせいだ」

 って。