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お題に挑戦した再録・茶雨編。

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きょうかい(2007.8.15/大学時代捏造)



 買い物帰りの茶渡と石田がその小さな教会を見つけたのは、飲食店と住宅が入り混じって並ぶ辺りでそれはぽかりと突然現れた。長く、といっても物心ついてたかだか十数年だが住んでいて初めて気付くことが幾つかあるが、これもその一つになる。
 歩道との敷地の境は、塀というには低い柵に近いもので仕切られており、教会へ続く通路の側に聖母子が浮彫りにされた石碑と由来が立っている。外の板壁は若草色に塗られ、階段や屋根や柱などは白だ。
 暫く手入れをされていないらしくあちこち色褪せ、剥げている。赤い屋根の鐘楼の天辺には十字架が風見鶏のように掲げられていて、まるでおもちゃのようにかわいらしい建物だった。
「お祈りをしていく」
 と、興味をそそられたらしく、止める間もなく敷地に入っていく茶渡の後を、石田は買い物袋を持ち直してのそのそと追った。
 古ぼけた銅色のドアノブを回してみると、鍵はかかっておらず開けて中を覗いても人の気配はなかった。下足箱、と書いた紙の張られた棚からスリッパを二足取り出すと、一足を石田の前に並べもう一足をつっかけるようにして茶渡はまた先に祭壇の方へ行ってしまう。
「ちょっと茶度くん、勝手に歩き回ったらダメじゃないか」
「問題ない」
 それは君が決めることじゃないだろう、と口ごもりながら、重い買い物袋を足元に置いて入り口の柱に寄り掛かった。
 外からは分からなかったが、窓と思っていたところにステンドグラスが嵌めこまれていた。モチーフは聖人なのだろう、右と左の壁にそれぞれ三枚ずつ等間隔で並んでいる。古ぼけた羅紗の敷かれた先の、聖母子像の下では茶渡が静かに跪いて項垂れていた。今まで宗教に対して敬虔な風には見えなかったし、そういう素振りもなかったのでそうした姿を見るのは初めてだった。いや、もしかすると何度も目にしていたかもしれず、自分の頭がそれを記憶しなかっただけかもしれない。
「そんなに興味がないつもりはないんだけどなぁ…」
 勝手なことをして、と自分自身の頭に少しばかり腹を立てていると、お祈りが終わったのか膝を着いたまま、茶渡が体を捻って石田を手招いた。僕?と尋ねるように首を傾げると、茶渡は頷いて急かすように手首を大きく二度振った。
 訝しげにスリッパを鳴らしながら側まで行くと、祭壇に対して平行に立たされた。そうして向かい合うと
「左手を」
 と茶渡が言った。
「……指輪交換とか恥ずかしいことするつもりじゃないだろうね」
「そんな仕度はない。さ、左手を貸せ」
 ほら、とまた急かすので、石田は差し出された茶渡の右手に渋々左手を乗せた。茶渡は立ち膝のまま、預けられた手の親指に触れ、唇を触れないぎりぎりまで近づけて何事かを呟いた。言葉はメキシコの言葉のようだった。彼の根底を作った国の習わしなのだろうか、次に人差し指、中指と同じ動作を繰り返す。指に触れ言葉を発するその全てが大切な儀式のようにも思われた。
 薬指に触れた時、その言葉だけがようやく石田にも理解できた。囁くような声で
「Amen」
 そうはっきりと茶渡は言った。自分の知らない儀式が終わったのだ。
「気は済んだ?」
 石田の問いかけに、茶渡はまだ不満が残っていると言うように首を捻った。取り上げるように手を離すと、石田は茶渡が立ち上がるのを待たずに部屋の入り口へ戻り始めた。後ろではがさがさと買い物袋を漁る音がして、がらんとした部屋にうるさく響いている。入り口に置いた自分の分の荷物を取り上げ、靴に履き替えスリッパを片付ける。
「茶渡くん、置いていくよ?」
 どたどたと戻ってきた茶渡も靴に履き替えスリッパを片付けた。そして先に出ようとしていた石田にもう一度
「左手を貸せ」
と言った。
「なんだよさっきから……おかしいね、君は」
 荷物を簀の子の上に置いてまた渋々手を差し出すと、茶渡は先程したように薬指に
「Amen」
 と呟いて、指の付け根から1cm程上の所に何かをくるりと巻きつけた。
「……なに、これ」
 また取り上げるように手を離し巻きつけられたものを確認すると、それは品物の入った袋の口を閉じるために使われる赤いテープを巻いた針金だった。

 儀式の主旨を一瞬にして理解した石田は、顔を真っ赤にしたまま己の薬指を凝視するのだった。


◆◇◆◇

指への儀式はカトリックの挙式で花婿が花嫁に行うことだそうです。

親指に触れ「In the name of the Father」
人差し指に触れ「In the name of the Son」
中指に触れ「In the name of the Holy God」
最後に薬指に「Amen」とお祈りして指輪を嵌める