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でぃー あいふぁーざーふと -die Eifersucht-

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「暑ちー…。」
蝉の声を背に弥彦はぼそりと呟いた。
足取りは重い。
道場での稽古が終わり、特に行くところもなかった弥彦は、
とりあえず赤べこに向かった。
その日は弥彦は非番で、行く必要性はどこにもなかったが、なんとなく足を向けた。
が、店は暇そうで、妙の長話に付き合わされただけの全くの徒労だった。
燕が不在で、妙の口を止める者がいなかったのが災いした。
結局弥彦は赤べこに顔を出しただけで、もと来た道を引き返すことになった。
明治15年。
8月下旬。
残暑の厳しいある日のことである。

赤べこに行ってみてわかったのだが、驚いたことにその日は燕も非番だった。
夏の牛鍋屋がそれほど繁盛するわけもないので休みをとらせるのも
店側としてはやぶさかではないのであろうが、
弥彦としてはあてが外れた格好になった。
何が悲しくて、
夏の暇そうな牛鍋屋で「行き遅れ」の無料相談相手を務めねばならないのか。
では何のために店まで行ったのか?
弥彦はその理由をきちんと理解していたが、口に出しても、心の内でも、
言語化するのはやめておいた。
否、それ以前にそこに思い至った自分を不愉快に感じた。
そして、同時に燕の家に向きかけていた足を全く別の方角へ向けた。
あの燕がわざわざ休みを取っているのだ、訪ねたところで不在だろう。
そう思ったのも事実である。
しかしこのまま道場に戻って再び竹刀を取るのも癪に障る。
薫や門弟に訝しまれ、余計なことを言われるのもいやだ。
かと言ってこのまま破落戸長屋でぼんやりと過ごすのもいやだ。
―というわけで歩きだしたものの、弥彦には行くあてがなかった。
「とりあえず、涼しそうなところだな…。」
誰も聞く者のない独り言が口をつく。
前に、燕から聞いた竹やぶに行ってみようか。
「剣心さんは、たまに竹やぶで精神統一をしているみたい。」
燕からそんな話を聞いたのはごく最近のことである。
実は燕は4年前にはその事実を知っていたらしいのだが、
剣心に口止めされていたらしい。
自分のとっている行動によって皆が不安を感じるといけないから、
と、剣心は言ったというが、
正直、何を言っているんだ、と、思った。
所構わず剣心の周りには事件やら仇討ちやら、
まあとにかく物騒なものが集まってくる。
言わば、剣心の存在それ自体が「皆」にとっては不安のタネである。
その状況は昔も今も変わりないわけで…
その状況下での剣心の行動を多少垣間見たり、あるいはしなかったとしても、
不安のタネであることにはやはり変わりないわけで…
剣心が燕に秘密を強いたのも釈然としないし、
そんな秘密とも言えないような秘密を4年も律儀に守っていた燕にも少々呆れた。
さらにはもう4年前の時点で薫には竹やぶのことを伝えていたという。
にも関わらず、弥彦にはずっと内緒にされていた。
さらに付け加えて言うなら、この話を聞いたのは自分だけではなかった。
その場には由太郎もいた。
由太郎との会話の中で、燕がうっかりと口を滑らせたのである。
そのことが若干、弥彦の中で燕の話の心証を悪くしたかもしれない。
そのような心とは裏腹に、弥彦の足は竹やぶのほうに向かっていた。

あいにくなのか好都合なのか、竹やぶには誰もいなかった。
(―このあたりか?)
なんとなく竹がそこだけ避けて生えているような、1間四方の空間があった。
おそらくここだ。
間違いない。
そのように弥彦は確信した。
剣心と薫のもとで修行して4年になる。
自然、剣客としての嗜好は2人に似てきたと自覚している。
俺ならここを選ぶ。
だからきっと剣心もここで気を澄ませているのではないか。
そう思いあらためて周囲を見渡してみると、
不自然に折れた枝や割れた竹が目立つことにも気がついた。
剣心の剣気に耐えきれなかった枝葉が散った跡ではないか…。
そのように推測した。
試しに自分も気を澄ませてみようか。
そう思ったが、やめた。
きっと気づかれる。
剣心は次に来たときに誰かが己の領域で気を放ったことを恐らく見破る。
そうしたが最後、剣心はここでの修練をやめてしまうかもしれない。
尊敬する剣客の貴重な鍛錬の場を
厚かましく横取りするような真似を弥彦はしたくなかった。
とりあえず竹やぶを出て、相変わらずあてはないが、歩くことにした。

歩くといっても、本当に目的も何もない、ぼんやりした時間である。
弥彦の心は自然と思索に傾いていった。
剣心のコト、薫のコト、由太郎のコト、剣路のコト、妙のコト…燕のコト。
そこに思考が達すると抑えがたい苛立ちがどうしても湧いてくる。
(結局、アレだな。)
弥彦はひとつ嘆息した。
(毎日、燕の顔を見ることで、どっか制御してんだな、俺は。)
行く手に古寺が見えてきた。
疲れたわけではないが、どうせ行くあてはない。
境内で一休みしよう。
あそこなら涼しいだろう。
歩いてきた道を参道のほうへと逸れた。
相変わらず蝉は喧しく鳴いているが、目論見どおり、
涼を求めるには都合が良さそうだ。
じゃりじゃりと草履を鳴らして弥彦は本堂に近づいていった。
賽銭箱に小銭を放り、適当に手を合わせて脇にそのまま腰掛ける。
静かだ。
蝉の声は変わらないどころかむしろうるさいくらいだが、
境内を囲む木々に音が吸い込まれているような錯覚に陥る。
波立っていた心が、ほんの少し、凪ぐ気がする。
弥彦の日々は忙しい。
神谷道場かもしくは別の道場で毎日稽古がある。
それに加えて生活のため、赤べこでの労働がほぼ毎日ある。
ついでに言えばそれに加えて剣路の子守をさせられることもある。
剣術で鍛えた身体はそのくらいでは音を上げたりしないが、
精神のほうは少々文句をつけたいようだ。
そんな毎日に対してではなく、今日というこの運のない日に。
ふと視線を上げると、若い男女が参道のほうへ折れてくるのが目に入った。
(参拝か?こんなボロ寺に?)
とりあえず、男女の逢引に立ち会うのは決まりが悪いので
さしあたり本堂の脇に身を隠してやり過ごすことにした。
幸い、向こう様は会話が楽しいのかこちらには気づいていない様子だった。
こそこそと本堂の脇に退くと、だんだんと足音が大きくなってきた。
そして声も聞こえてきた。
弥彦は思わず身を固くした。
(燕、と、由太郎!?)
息を殺し、外壁に貼りつくようにして様子を窺う。
足音はいよいよ近くなり、やはり賽銭箱の前で止まったようである。
銭を投げ入れる乾いた音がした。
確認のため、弥彦は首だけをそっと覗かせた。
間違いなく、燕と由太郎であった。
燕は質素な麻地の着物、由太郎は洋装である。
「静かで、涼しいね。」
「でしょう?俺もここは気に入ってるんだ。」
2人はそのまま賽銭箱の横に腰掛けて休憩するようだ。
亀のように伸ばした首を戻しつつ、弥彦ははらわたを煮えくり返らせた。
(あの野郎、出稽古じゃなかったのかよ!)
今朝の稽古に由太郎は姿を見せなかった。
薫は出稽古に行ってもらっていると話していたが…
どうにかして時間を作って燕と会っていたらしい。
そして燕は非番だった。
ということは、今日の逢引は由太郎の計画的犯行と断定して良さそうである。
「由太君、今日はありがとう。お蔭様で楽しかったよ。」