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璃琉@堕ちている途中
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ぞくぞくさせてよ

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『ぞくぞくさせてよ』



夏休みの補習の空き時間だったと思う。
俺と新羅は出席が足りなくて、シズちゃんは期末テストが赤点だらけで、三人で授業を受けていた。ドタチンだけが申し訳なさそうな、ほっとしたような顔で「頑張れ」と言い残し、ひとり、休暇を満喫している。
そう、補習だった。けれど、俺とシズちゃんが一緒にいて、普段の登校日とどう変わるというのだろう。つまり、俺達ふたりはいつも通り、学校中を駆け回って喧嘩をしたのである。そして、シズちゃんは「テメェのツラなんざ見たくねぇ!!」と早退し、俺は他に誰もいない教室で新羅に手当てをして貰っている。
全く変わり映えのしない、昼下がりのワンシーンだった。

「………は?」
「だから、ぞくぞくさせてよ」

その、焼き直しのようなひとときに、突如挟まれた、それ。発言の趣旨が掴めず、俺はぽかんと口を開けた。
セリフの主は、俺の膝の擦り傷だけを注視し、消毒をしている。暑さに負けて、ズボンの裾を捲り上げていたのが良くなかった。

「君は半端なんだよねぇ」
「何が………っ、い」
「ああ、ごめん」
「…ごめん、なんて思ってないだろ」
「勿論」

悪びれもせず、新羅は治療を続ける。吐息の掛かりそうな距離、そこまでしげしげと眺めて楽しい傷口だったろうか。
擦過傷はあと二つ、次の授業まであと十分。窓の外で忙しなく鳴き続ける蝉の命は、あと何日だろう。

「で、何が半端?」
「わかってるくせに」

カチン、と来た。それは俺が好んで使うセリフだ。それは俺にこそ相応しいセリフだ。
手の甲に興味を移した新羅は、眼鏡の奥の瞳を輝かせつつ、今度は唾を飛ばしそうな距離で喋り出した。

「静雄は、化け物さ。圧倒的な暴力、脅威的な回復力、それだけだ。シンプルで、美しい。僕はそれを目の当たりにする度、堪らなくなる」
「……………」
「でも、臨也、君は違う。君はどこまで堕ちようが、人間さ。人間でしかない。反吐が出る程に」

暑いなぁ。俺は、唇を舐めた。
水分を欲している。何でも良い、喉を潤したい。
医者の息子は、俺に反吐が出る理由をペラペラと語っている。よく回る口だ。

「―――つまり、私が言いたいのはね」

右頬が、彼の視線を受け止める。痛みが、増した気がした。

「静雄は、俺をぞくぞくさせてくれるということなんだ」

畜生、あの単細胞め。眉目秀麗を具現化したような、この俺の顔に傷をつけやがって。早く死ねよ。
あくまで右頬を見つめる新羅に、俺は問うた。

「どうして、そんなに挑発するようなことを言うんだ」
「君が、舐めとけば治るような傷に、僕からの懇切丁寧な手当てを望んだのと、同じようなことさ」

蝉の声が、止んだ。
チャイムが響くまでは、あと二分。

「わかった、わかったよ」

訪れた、刹那の静謐。
彼の右頬に治療の済んだ手を添え、俺は何を聴いているのかわからぬ耳腔に囁いた。

「ぞくぞくさせてやる」

だから、喉が渇いていたのだ。
教室に存在するもうひとつの唇に、俺の唇を押しつけた。薄く開いたそれに、舌を捻じ込んだ。
彼はどうだか知らないが、俺は彼の唾液を飲んだ。

「………は、」
「ん、っ………」

目くらい閉じろ。
明後日の方向を向き合う俺も彼も、この気持ちだけは共有したはずだ。




♂♂




「―――、ってことがあったよね」
「…そうだっけ」

マンションの一室。新羅の部屋で、俺は彼の患者に成り下がっていた。運び屋は不在、ふたりきりのリビングだ。
別段、珍しいことではない。いつもと同じ、焼き直しのようなワンシーン。
しかし、それは突然、現れる。

「ちょうど、今日みたいな、暑い日の昼下がりだったよ」

何ら変わらず、俺はシズちゃんと喧嘩をした。「今度池袋に来やがったらタダじゃおかねえええああっ!!」と引っこ抜いた標識を廃ビルの壁にぶっ刺したシズちゃんが、人混みに消える。少し離れたところで、ドタチンはいつものメンバーとそれを眺める。
そして俺は、新羅の元で治療を受ける。

「やっぱり、君は半端なんだよねぇ」
「何が?」
「わかってるくせに」

カチン、と来た。これではまるで、あの日の再来ではないか。
彼は肘の擦り傷を凝視している。吐息の触れそうな距離だ。
俺は窓の外のサイレンを聴いている。また、誰かが熱中症で倒れたのだろうか。

「静雄は、美しい化け物。君は、反吐の出る人間」

それから、新羅は俺に反吐が出る理由を、ペラペラとよく回る口で語った。唾を飛ばしそうな距離で。
俺は………俺は、何かを聴いていた。サイレンと、彼の声以外の、何かを。

「―――つまり、私が言いたいのはね」

鼓膜は何かを拾い続けているが、俺には最早、届いていない。

「静雄は、俺をぞくぞくさせてくれるということなんだ」

眉目秀麗の見本のような俺の顔に傷はひとつも無いけれど、新羅の視線は、俺のツラに注がれている。
俺の与り知らぬところで、俺は唇を舐めていた。

「どうして、そんなに挑発するようなことを言うんだ」
「君が、秘書でなく、僕の手当てを望んだのと、同じようなことさ」

サイレンが、止んだ。
訪れた静謐の期限は、今のところ、未定だ。

「ねぇ、臨也。ぞくぞくさせてよ」

邪魔になりそうだな。治療の済んだ手で、俺は眼鏡を外した。
喉は渇いていなかったけれど、この部屋に存在するもうひとつの唇に、俺は俺の唇を重ねた。