食欲
にいさんがたべたい。
その欲求は、普段のふとした瞬間に誘発される。
会社から帰宅して、太牙兄さんは僕の隣で外国語の新聞を捲っている。その紙面を捲る骨張った指だとか、無造作に緩められたネクタイだとか。僕は、兄さんの中身を想像させるパーツに弱い。
じっと見つめる視線に、兄さんは微笑みで問うけれど、僕は曖昧な笑顔を張り付けたまま、兄さんの中身を想像する。
ほの白い肌に、青い血を宿す管が張り巡らされている様を。鎖骨が張りだし、皮膚を押し上げている様を。
そうすると決まって、その薄い皮膚を食み、青の血潮を啜りたくなる。血潮を体内に溜め込んで、兄さんの欠片を僕だけの物にして。
僕の紅い血液を兄さんに流し込んで、ふたり、ひとつになれるのなら。
ああ、何て素敵な事だろう。
僕の血潮が兄さんを生かし、兄さんの血潮が僕を生かす。
別の個体であることなど乗り越えて、細胞まで癒着して。きっと兄さんが喜べば僕も嬉しいし、悲しめば僕も涙を流す。
そこには人間もファンガイアも兄弟の概念さえ無いのだから。
ふふ、と微笑みが漏れてしまって、太牙兄さんは優しい声で僕を問う。
「どうしたんだ、渡。何か楽しいことでも考えてたのか?」
「うん、凄く素敵なこと。」
「どんな事だい?」
「兄さんには教えない」
「何だ、僕には言えない悪巧みでもしてるのか」
兄さんは読みかけの新聞を置き去りにして、ソファに座る僕に覆い被さる。ぴん、と僕の額を指で弾いて、其処をまた慰撫するように触れて。
「地味に痛いよそれ…」
「お前が僕に隠し事をするからだろう?」
兄さんが子供の様に笑うので、僕も楽しくなって一緒に笑う。
にいさんと僕がひとつになったのなら、こうやって毎日笑って。二度と寂しい思いなんてさせないのに。誰にも傷付けさせないのに。
目の前の体を掻き抱いて、歯を立ててみる。青白い皮膚は兄さんの味がした。
これを噛み千切れば。
けれど、兄さんは抵抗もせず、僕の頭を撫でているので、やっぱり僕は何も出来ずに俯く事しか出来ずにいる。
僕はにいさんを食べて、永遠に一緒にいたいだけなんだ。
終