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これでおしまい

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09: そ う す れ ば ( 目 覚 め た と き に )




ルークの夢を見たんだ

ガイはそう言いながら、見舞いで寄こされたりんごの皮を、しゅる、とペーパーナイフで器用に剥いてゆく。
部屋に案内されていたティアとジェイドは、偶々ガルディオス邸前で鉢合わせた、と言ってガイの部屋に来たが、それが本当であるかはガイには分かりかねた。
ティアがおおかたジェイドを引っ張ってきたようにも思えたからだ。


ティアはガイの手元をとても気にしながら、ルークの、と確かめるように呟いた。
もう色を判別するのさえ難しい眼なのにどうしてこんなに器用に皮を剥いていけるのかがとても不思議で仕方なく、ティアはまじまじとガイの手元を見やる。
そんなティアにジェイドは楽しそうに微笑み、ガイに向かって口を開いた。
「ガイ、最近そんな話ばかりじゃないですか。まるで昔を懐かしむ、老衰を待つだけの老人のようですよ」
「た、大佐、それはいいすぎですっ。誰だって昔の、夢を見ることはあると思います」
「残念ながら、私は夢を見たことがないんですよ。常に眠りは深いんで」
「おいおい、あんた軍人だろうが」
困ったように笑うガイと、ティアは疲れたように溜息を吐いた。
そういえばこんな人だったわ、と頭痛がするのかこめかみを片手で押さえるようにした。
それを雰囲気で見かねたガイが、切ったリンゴをひとつティアに渡し、後は近くにあった皿に入れた。渡された一口サイズのそれはティアのだけ器用にうさぎの形をしていて、可愛い、と思うよりも本当にガイの眼は不安定なのだろうか、と疑ってしまった。それほど繊細なうさぎのりんごだったのだ。
「それで、なんだが」
ガイは自ら切ったりんごを口にはしない。嘔吐が激しい近頃では、食べるという行為でさえ彼の中では無縁なものになっているらしく、近くの人間がきつく言わないとなにも食べないらしい。
ティアはそれに気づいて、皿に盛られた一口サイズのりんごをフォークに刺し、ガイを呼んで口に運ぼうとした。
「俺でよかったら、被験者にならせてくれないか」
なんでもないように言われた言葉に、ティアはりんごを刺して運ぼうとしていた動作を、ぴたりと止めた。
ジェイドはゆっくりとガイの顔へと視線を移す。ティアの動揺はガイには伝わっていないのか、ガイは真っ直ぐに色彩を曖昧に映す眼をジェイドに向けていた。
それとも、ただ伝わっていない振りをしたのかはわからない。
それでもその場の空気は、揺れた。
「本当に老化が進んでるんですか? 痴呆にはまだ早いですよ」
「ジェイド、俺はふざけているわけじゃない」
「……もっと命を大事にしたらどうです」
「俺はもうそんなに長くないだろう。分かってるさ、それくらい」
それに、あんたにそんなこと言う筋合いはないと思うが?
そうして、挑戦的に笑うガイに、ジェイドは鋭い視線を向けた。冷たく赤い目を眇めて、無表情な色の白い顔を動かさずに。
そんなことをしても、ガイの映る世界へ影響を与えることなど出来ないことを、ジェイドは解かりきっていたけれど。
「それが理由ですか?」
「あんたが被験者を必要としている、俺の命はそんなに長くない、なら、このまま死ぬならジェイドの研究に身を捧げようって言ってるんだ。悪い話じゃないだろ?」
正気ではない発言にジェイドは眉を寄せる。どうしてそんなに軽々と自分の命を粗末に出来るのか、ジェイドには理解しがたかった。ああ、だけどそういえば、と思い当たった記憶に、僅かに口元に笑みを浮かべた。
言ったことがある。

世界のために、死んでくれと。

「ルークの夢を見るたびに、そんなことを?」
「……世界を選んでくれたのはあいつの意思だ。だけど、やっぱり強制をしたのは俺たちだろう?選択を与えてやれなかった。あいつへと歩み寄れなかった。だから、あいつは、」
俺たちの前で一度も泣かなかったんだ。
泣きたいのに我慢した顔。
ずっと黙ったままのティアは、ガイの顔を窺って、言葉を静かに聴いていた。
泣いてしまえばいいのに。ティアはそう思った。だけどガイのこれまでの境遇は、彼に泣くという行為を無いものへと変えてしまっているんだ、と感じた。泣けない人なんだ、と。
「それで、ガイは、満足なのね?」
言葉は重い。
ティアはガイの凪いだ瞳を見つめながら、ジェイドの冷たい視線も受け止めていた。
ゆっくりとガイのあおい眼がティアを曖昧に捉えると、ティアはもう一度、歌うように声を紡いだ。
「それで、ガイは、満足?」
泣きそうなのはどちらだったのだろう。ティアは滲んだ、視界を瞬きしないように、微笑む。
未来のためとか世界のためとか。そういうのは本当はもう聞き飽きたはずだ。そんなことを繰り返して、たくさんのものを犠牲にしながら、世界は続いたのだから。
こうして巡るなら。でも。
そうして続いていくなら、どうか。
「ああ」
迷いの無い笑顔。それにジェイドが大袈裟な溜息を吐いて、頭を少し垂れた。突然のことにティアとガイはジェイドに目を向けて、頭を片手で押さえる姿に、ガイは困ったように笑う。
「悪い、ジェイド。無理なことを頼んでるのは、承知なんだ。でも、」
「いいですよ」
「……大佐?」
「良いと言ったのです。……大きな子どもの最期の我侭、聞いてあげましょう」
ジェイドは座っていた椅子から立ち上がり、ガイへと歩み寄ると、静かに見下ろすように瞳を向けた。
ガイはその視線を気配で受け止めながら、苦く笑った。
ジェイドへ押し付けているのは我侭だけど、同時に彼の罪の傷を抉っているようなものでもあるから。
それでも。
「悪い」
「そう思うなら、そういう発言はしないで欲しいですねぇ」
やれやれ、と肩を竦める。ルークの時も、きっとジェイドはこんな対応だったのだろう、とガイは思考する。そうだ。彼なら、汲み取ってくれたはずなのだ。ルークの気持ちを。
“ルーク“であることの、想いを。
「ティアもありがとう」
ガイには表情は分からないけれど、ティアの取り巻く気配は柔らかだ。
そしていつもの調子で、ばかね、と優しく呟いて。小さく、泣いた。
それに優しく、小さな子どもあやすかのようにガイはティアの髪を緩やかに撫で(かつて、小さな子どもにしていたように)そうして、そうだな、と呟いた。

「もし、」

忘れた頃にもう一度出会えたのなら、




作品名:これでおしまい 作家名:水乃