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Long long good-bye

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「ねえ、夜桜を見に行こうよ」


入学式に桜というのが、昔から日本では定番の風景なのだと思う。見事に咲き誇るその桜を横目に、閉まっていた校門を乗り越えて、臨也が内側から小さく柵を開けた。
「どうぞ」
「どうも。……ほんとうにセキュリティ、平気なんですか?」
「ちゃんと事前に切ってきたって言ったでしょ。俺の腕なめないでよね」
心配性なんだから、とからかうような口調で言う臨也に頷いて、帝人はその小さく開かれた隙間から校庭に侵入する。カチャリ、音を立ててもう一度鍵をかけた臨也が、そのままの流れで帝人の背中を押した。
見慣れているはずの来良学園の校舎が、まるで見知らぬ場所のように奥に佇んでいる。まさか夜の学校に不法侵入なんて青春の醍醐味を、この人と味わうことになるとは思わなかった。帝人は感慨深く思いながら、少し上にある臨也の横顔を見上げた。
臨也は、笑っている。
「さ、おいで」
「おいでって、臨也さんの庭じゃないんですから」
同じように笑いながら、それでも押されるままに歩き出す帝人に、いいからいいから、とごまかすように手を振る臨也が、校舎横の桜並木を指差す。
「本当はここが一番綺麗に咲くんだけどね」
臨也の言うとおり、その一角は盛りを少し過ぎて散り際の桜が、はらはらと風に舞っている。ここ数日の陽気のおかげで、本当に綺麗に咲いていたのだが、もう終わりの時期だ。
「外から丸見えなんだもんね。見つかったら厄介だからさ。裏庭行こう」
「裏に桜なんてありましたっけ?」
「あるよ、小さい木だけど」
帝人の背中を押していた腕をずらし、肩を抱くようにして臨也が歩き出すので、帝人も歩調を合わせた。日が暮れてから突然現れたと思ったら、急に夜桜を見に行こうだなんて言い出したときから、臨也の様子は少し変だ。
こんな風にべたべた触れてくるなんて、今まで一度もなかったのにな。
肩に置かれた臨也の手をちらりと見て、帝人はほんの少し、意識して息を吐いた。距離感が、上手く図れない。
「八年も昔なんだよな、と思うと感慨深いな」
「臨也さんの卒業が?」
「表向きは優等生だったんだよ、俺」
「あはは」
「こら、その笑いはどういう意味だよ」
臨也は軽口をたたきながら、ぐいぐいと帝人を引っ張って校舎を回りこむ。夜の学校ほど不気味な場所は無いと思うのだけれど、今は隣に臨也が居る。臨也が居れば、その辺の悪霊くらいなら打ち負かしてくれるだろうと、根拠は無いけれど心強かった。
八年も昔のこと。
このひとにも学生時代があって、学ランを着て学校で授業を受けていた。その事実を思うと帝人はどこか詰まるような思いを胸に抱く。
セピア色の思い出に、いつか帝人の今もなっていくのだろうか。時の流れはそんな風に、帝人を躊躇いなく大人へと押し流すのだろうか。それはどこか不思議で、ほんの少し恐怖を覚えるような考えだった。
「……どんな生徒だったんですか、臨也さん」
もしかして、この人も。
この強烈なノスタルジアの狭間に、恐怖を覚えただろうか。
「どんなって言われると、難しいな」
苦笑したような気配がして、ざあっと風が吹いた。帝人は瞬きを繰り返して目を細めて、臨也がどんな顔をしているのか見ようとしたのだけれど、その前に臨也の足が止まる。
「卒業記念に、植樹したんだよね、俺の学年」
指差された先には、まだ幹の細い、頼りない桜の木がある。その細い枝に、ぼたぼたと重そうにたくさんの花を咲かせて。
「この木ですか?」
「そう。もう八年もたつからさ、そろそろ咲いてるかと思ったら、予想以上だ」
小さく笑って、臨也が帝人の肩から手を離した。そしてくるりとその木の前で振り返って、トレードマークの黒いコートを翻す。
臨也は、ただ、笑っている。
それは例えるなら、一度笑うことをやめたならもう二度と笑えないとでも言うような、笑顔だった。
「何もかも、思い通りにしてやろうと思ってた学生だったよ」
その言葉は、先ほどの帝人の問いかけに対しての答えだろうか。臨也よりも少し背の高い桜をのけぞるように見上げるて、もう一言。
「あと、割とロマンチストだったかな?」
おどけたように付け足された言葉に、帝人は笑う。
ロマンチスト。
「それは今もでしょう?」
「そう?」
「だって夜桜みたいとか言い出すし」
くすくす、小さな笑い声が響いて、夜の闇に溶けてゆく。そんな帝人の姿を焦がれるように見詰めた臨也が、ふとその距離を詰めた。
ふわり、コートのすそが広がる。
あっと言う間に視界が臨也の体に覆われて、鎖骨に顔を押し付けられた帝人はもう、臨也の顔を見ることができない。
「……臨也さん?」
抱きしめられた、と理解するまでに数秒を要した。
疑問系の声はそれでも、こうなることを予測していたのかもしれない。夜中に突然訪ねてきた臨也の、じれたようなその表情に。そして夜桜を見ようと連れ出されたとき、切羽詰ったように握られた手のひらに。
どこかで。
期待していた、この人は自分を好きなはずだと。
「忘れてしまうのは、怖いなあ」
臨也が言う。帝人の腕の中に閉じ込めたまま、どこか遠くへ祈るような声で。
「君も、いつか思い出になるんだね。あの頃、不可能なんか無いと思っていた俺と同じように、忘却の彼方にさ」
「臨也、さん?」
「連れて行っちゃおうかな」
「何を……」


「攫っていったら怒るかい?」


静かに、静かに。
散りゆく桜の花のように、はらはらと落ちてゆく臨也の声と、その波紋。まるで心をざらりと舐められたような気がして、帝人はどきりとした。桜の夜、月の下、臨也の声……まるで、夢幻の海のよう。
「……僕を、忘れるんですか、臨也さん」
問いかける声は震えていた。それでも、問わずにはいられなくて。
ぎこちなく伸ばした手で、ぎゅっと抱きしめた体は温かく、どうしてだろう涙が出そうだ。
知っている、分かっている。
この人はここを、池袋を、東京を、出て行くんだと。
「……忘れたくないって言ってるんだよ」
「遅いです」
「知ってる。でも、本当は言うつもりは無かったんだ」
吐き出す息遣いが、帝人の耳に触れて鼓膜を震わす。
それを聞いたのは新羅の口からだった。情報屋の仕事関連でごたごたに巻き込まれて、おそらく数年か数十年かは帰って来れないだろうね、と、当たり前のことのように。
帝人はそれを聞いたとき、臨也のことはあきらめようと思った。どうせこんな思いは一時の錯覚で、いずれ風化するものだろうから、下手にこじれなくてすんで良かったのだと。将来家庭を持ったとき、あんな人と恋人だったなんて過去があったら、きっと後悔するはずだ、黒歴史を作らずに済んだじゃないか、なんて。
だって、何年も会えないなんてきっと耐えられない。耐えられると自分を信じられないし、臨也がそんなに長い間自分を思い続けてくれる、だなんて夢にも思わない。だから、これでいいんだと、恋は死ぬのだと、そう思っていた。
すぐに忘れる。
臨也も、自分もだ。
新しい世界、新しい環境、新しい出会いの渦に巻き込まれて、互いの存在は心の奥底に眠りにつき、やがてそのまま溶けて消える。
忘れ去られる運命の、相手なんだと何度も自分に言い聞かせた。
「……攫えやしないくせに、言わないでくださいよ」
作品名:Long long good-bye 作家名:夏野