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[まどかマギカ]シグナル[杏さや]

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『シグナル』






 あたしには「好きな人」がいる。
 お金持ちで才能に恵まれて、彼氏としてきっと自慢できる人。

 あたしには「親友」がいる。
 誰にでも優しくて純粋で、誰からも嫌われない子たち。

 何も起こらなければあたしはそれを恋だと信じ続けたし、友情だと信じ続けただろう。
 少し、違うかな。今でも、これが恋だと信じているし、友情だと信じている。
 でもそれは、妥当な恋であって、妥当な友情だ。

 幼馴染で優しくて、あたしみたいなタイプを女の子扱いしてくれる恭介は彼氏としてすごく条件が良かった。あたしは恭介を好きだったし、恭介にもきっと、一緒に過ごした時間分は大事にされていた。
 恭介と一緒に帰って、しょっちゅうお互いの家を行き来して、入院先へ通って一緒に過ごして、それであたしが得たものは恭介の信頼や親しみじゃなくって、恭介の周りの人の信頼だった。
 恭介は腕が治ったら自由に羽ばたいて行くし、そこにあたしが付け入る隙はないって知ってた。
 それでも、あたしはまだ期待していたんだ。

「さやかが祈ってくれたから、僕の腕は治ったのかな…そんな風に思う事があるよ」

 恭介がそう言って笑ってくれたらいいのに、って。


 まどかは誰にでも親切にできる子で、仁美はおっとりしていてお人よし。
 ナンパにも男子の悪戯にもガツンと言い返せない二人を、かばって騎士気取りするのは楽しかったし、二人の心からの感謝と笑顔が好きだった。
 けれどたまに。たまに、だけど、あたしもあんな風に可愛くなりたいと思った。
 あの子たちみたいに、守られるタイプになっていたら、恭介とも随分釣りあうんじゃないか、って思ってたから。
 あたしはあの子たちを守る、っていうポジションにしがみつくのに精いっぱいだった。
 あの子たちにはあの子たちの世界があって、別の友達がいて、あたしよりもっといろんな人と付き合ったり別れたりするんだろうな、って気付いたのは、そう、あの転校生が来てからかな。

 でも、でもね。
 あたしは気付いてしまったんだ。
 まどかはあたしのために命を賭けてくれるだろうけど、仁美のためにも、転校生のためにも、マミさんのためにも命を賭けられるよね。まどかの親友は、たぶん、この世界にもっともっとたくさんいるよね。
 仁美は、あたしが恭介の幼馴染で仁美の親友っていう名前にしがみついているのに気付いて、宣戦布告してきたよね。
 

 そうなんだ、あたしは形が欲しい。
 もちろん中身だって欲しいけど、裏切らない形が欲しい。
 だってあたしはこんなあたしなんだよ?
 成績表にいつも「元気で明るくて責任感が強いですね」ってコメントがついているあたしだよ? 元気で明るくて責任感が強い以外の自分を見せたくなくて必死で空回りしてるあたしだよ?
 まどかは転校生のほうがずっとずっと仲良くなるかもしれないし、仁美と恭介はこれから本当の恋人同士になっていくかもしれない。それを止めてなんて、あたしは言えない。
 こんな時に全身から、嫌だ、察して、って暗いオーラを出すくらいしかできないあたしを、誰が友達だって、親友だって、恋人だって思ってくれるんだろう?

 あたしは「こうありたい」と思った形に自分を押し込めて生きてきた。
 信号が青になったら、意味なんか考えずに走らなくちゃいけないんだ。
 信号が赤になったら、理由なんか知らなくても立ち止まらなくちゃいけないんだ。
 たくさんのルールに、たくさんの形に、空っぽのあたしを支えさせて生きてきた。


 あの転校生に何を差し置いても守りたいと言われたまどか。
 まどかはもう、あたしが欲しいと願ったものを持っているよね。
 絶対に揺らがない絆を、まどかは持ってた。
 あの転校生に、あんなに気遣われていた。

 あたしには、あんな風に思ってくれる友達はいない。
 いないよね。

 だってまどか、まどかはあたしにも、転校生にも、マミさんにも、命が賭けられるでしょう?



 あたしは酸素の足りなくなってきた頭で考えながらやっと、答えにたどり着く。
 あたしは、ただ一人しかいないあたしになりたかった。

 それは恭介の彼女にふさわしい何人かの一人じゃなくて。

 仁美にツッコミが入れられる友人の一人じゃなくて。

 まどかが命を賭けて心配する何人かの一人ですらなくて。

 ましてや、誰かの命を人知れず救い続ける報われないヒーローでもなかった。
 
 今ここでこんな愚かな事を延々と考え続けながら走り続けている美樹さやかだけを必要とする人を、必要としたい。
 あたしだけを見て、あたしだけが見ている人が欲しい。
 誰かのただ一人の座を、誰かと争いたくなんて、ない。

 ごぽ、と水音がした。
 あたしが泡を吐いたのだった。

 顎が上がり、あたしは上を向く。
 頭上にはまた青信号が点灯している。

 あたしは走らなくてはならない。

 ここがどこで、あたしがいつから走っているのか、あたしは知らない。
 これだけ息苦しければ、あたしの鼓膜には自分の呼吸がいっぱいに押し寄せていてもおかしくないのに、不思議と静かではあった。

 あたしは誰かにとってたった一人の「かけがえのない美樹さやか」ではいられなかったから、もう世界の何もかもに関わらずに閉じて終わっていくのかもしれない。それはそれで、穏やかなエンディングな気はした。
 だってそれならもう、カラ元気も作り笑いもしなくて良くて、必死に友達の空気を読まなくてもいいんじゃない?
 ああ、心が軽くなれそうな気がする。
 あとは走り続けるこの足さえ、止められたらいいのに。
 恨めしく先を見上げると、信号はまた青だ。

「…な」

 誰かの声がして、青い世界に光が走る。
 瞼の裏に砕け散る赤い閃光。

 あたしはその赤を知っている。
 そうだ、これはあたしを止める赤信号だ。
 脳みそまで焼けそうな熱があたしを貫く。
 あたしを思考させていた最後のエネルギーが遮断されて、あたしは闇に飲みこまれる。
 もう形さえ留めていない手を、熱い手のひらが包み込んだ。

 ああ、杏子。あんた、来てたのね。
『ばかね、あんた、せっかく心を入れ替えたのに』
『あたしはいいからまどかを助けてやって』
『他にすべきことがあるんじゃないの』
 いい子のあたしなら言えたであろうそんな言葉も、いろんなしがらみを誰かに預けて身軽になった今のあたしには口にできない。

 だって、嬉しい。

 あたしは笑った。
 あたしの微笑みは杏子に届いたかな。
 一生で一番、本当に嬉しいと思えたはずだから、届いていたらいいな。



 あたしは堕ちていく。



 世界でただ一人、あたしのためだけに死んでくれる人と一緒に。








[END]