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ハガレン短編集【ロイエド前提】

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思い出




大佐の部屋にひとつだけ、ぬいぐるみがある。

そのぬいぐるみはそこに置かれてそこそこ年数が経つらしく、少々黒ずんでいた。


「ねぇ、大佐。」


ぬいぐるみを手に取り、手足を動かして遊びながら。


「このぬいぐるみ、どうしたの?」

「ぬいぐるみ?あぁ。」


俺の手の中に居るぬいぐるみを認め、大佐は少々懐かしそうに目を細めた。


「忘れていたよ。」


言いながら、大佐は俺の手からぬいぐるみを取った。


「これはイシュヴァールの内乱の時に持ち帰った物でね・・・」

「イシュヴァール・・・の・・・」


ああ、と、大佐は言った。


「あぁでも、持ち帰った・・・と言うのは少し違うな・・・イシュヴァールから帰ってからヒューズに
手渡されたんだ。」

「ヒューズ中佐から?」

「私がイシュヴァールから戻って暫らくした時だな。少しの間休暇があったのだが、私は無気力にその間中
ずっと何処へ行こうとも、何をしようともしなかった。前線に居た者が正気に戻るには暫くの時間とゆとりが
必要だと言われていたのを思い出して、自分も例外では無かったのだと認識したよ。」


まぁ、座りなさいと、大佐に促され、俺はベッドの上に腰を降ろした。


「昔話をしよう。」


俺の前の椅子に腰を降ろして。

大佐はゆっくりと語り始めた。


「前線に居た頃、負傷した仲間を救護班に連れて行く事が何度かあってね。ある時私が大変世話になった
准将が負傷して、たまたま側に居た私が彼を救護班に運んだのだが、傷が酷くて本部に隣接していた
野戦病棟に移ったんだ。私は何度か病棟を訪れて彼を見舞ったのだが、その度に彼は娘の事を話してくれてね。
その娘がお守りにとそのぬいぐるみをくれたのだと良く言っていたのだよ。これがあったお陰で自分は
死ななくて済んだ、と自慢気に語っていた。」

「何か、ヒューズ中佐みたいだね、その人。」


娘の話をする所とかさ、と言うと、大佐は「そうだな」と短く言った。


「だが彼が野戦病棟に居る間に娘が肺炎を患ってしまって亡くなってしまってね。きっと自分が
ぬいぐるみを持っていたせいで娘は亡くなってしまったのだと、寂しそうに言っていたよ。それから
暫くして彼はセントラルの病院に移って行き、前線を離れてしまった。私は再び前線で戦うように
なっていたのだが、何かがずっと心に引っ掛かっていた・・・」


ほんの少し、大佐の声が沈んだような気がした。

きっと、大佐はその人の事を本当に尊敬していたんだろうな、と、俺は思った。

こんなに大佐が饒舌に自分の過去を語る事なんて、今迄無かったから。

それって、俺が大佐やヒューズ中佐に対する尊敬の仕方みたいな感じなんだろうか?


「彼は野戦病棟に入ってから暫らくして、目に見えて痩せて行ったんだ。」


再び大佐が、口を開いた。


「傷は段々回復して行ったのに、だ。それを思い出した頃彼は既に病に伏してしまっていて、もう
余命も後僅かとなってしまっていた・・・」


胃と肺に、腫瘍が出来ていたのだと。

沈んだ声で大佐は言った。


「それでも、私は前線を抜ける事を許されず戦い続けなければならなかった。そうして月日は流れ、
内乱は終わり、私はセントラルに戻った・・・暫らくの間身体を休める為にと休暇を与えられ、毎日
ダラダラと過ごしていたのだが、ある日突然ヒューズが私を訪ねて来た・・・ヒューズは珍しく何も
言わなかった・・・私は何故かすぐに准将に何かあったのだ、と悟った・・・」


その時の事を、恐らく思い出しているのだろうと。

大佐の表情から、俺はそう感じた。


「ヒューズは・・・何も言わずに私にこのぬいぐるみを差し出した・・・それで私は察したのだ・・・
彼は・・・この世を去ったのだと・・・」


お前に渡してくれと・・・託った・・・


そう言ってヒューズはこれを手渡したのだと、大佐はぬいぐるみの額を指で突付いた。


「俺にはもう必要は無いからと、そう言ったのだそうだ・・・自分の最後を悟っていたのだろうな・・・
私はその後にヒューズが言った言葉に、胸が痛んだ・・・」

「・・・何て・・・?」


大佐は深く息を吸い、言葉を紡ぎ始めた。


「こいつのお陰で俺は戦場で生き永らえる事が出来た。俺はここで死ぬけれど、ちゃんと妻に
看取られて逝く事が出来る。これが戦場ならそうは行かない。しかも俺はこれから娘にまた逢えるんだ。
なぁ、いいだろう?こいつは確かに俺のお守りだったんだ。だからロイ、これをお前にやるよ。効果は
俺で実証済みだ。今度はお前が守って貰え。」


そうして大佐は小さく息を付いた。


「それを微笑って言ったのだと、ヒューズは教えてくれたよ。」


何だか一瞬、その准将の姿が見えたような気がした。

俺は彼を知らない筈なのに。

恐らくそれ程迄に、印象が強かったのだろう。

ふと、やはりヒューズ中佐に似ていると、思った。

何と無くだけれど。

大佐に言ったら何と言うだろうかと、一瞬思ったけれど、それを口にするのは止めておいた。

その方がいいような気がしたから。

本当に、何と無く。


「じゃあさ、大佐は色んな人に守られてるんだね。こいつの中には少なくとも二人の心が籠ってる。
東方司令部の皆もそうだし、ヒューズ中佐だってそうだろ?それに何てったってさ、俺が居る。」


大佐はほんの少し瞳を大きく開いて、くす、と、笑みを漏らした。


「君が私を守ってくれるのか?」


少々面白そうに。


「ああ。そうだよ。」


俺は胸を張って見せ、答えてやった。


「じゃあその言葉に甘えて守られてやるとしようか。」


そう言った大佐の表情が、先程よりも明るく見えたので。

あぁ、良かったと、俺は思った。

悲しい思い出は、辛い。

語る方も、聞く方も。


「俺、何か淹れて来る。」


大佐も喉渇いただろ?と、言いながら、ぬいぐるみを手にして立ち上がって。

元の場所にぬいぐるみを戻し、俺はそいつの頭をひと撫でして部屋を出た。

視界の端が、ほんの少し滲んでいた。



                               Fin.