二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

人魚

INDEX|9ページ/35ページ|

次のページ前のページ
 

 なんだかいい匂いに誘われるように、フュリー曹長は呼び鈴を押した。
「…はーい」
 どうにも一般家庭っぽい、気負いのない返事があり、ぱたぱたと小走りに駆ける音。
「フュリー、そ…さん」
 ドアを開いたエドワードは、エプロンを引っ掛けたままだった。オフホワイトの地にグリーン系のタータンチェックがアットホームな、そんなエプロンを引っ掛けたまま。
 …一体どこの新妻か。
 曹長はこっそりそう思ったが、辛うじて言葉にはしなかった。まったく賢明な判断としか言いようがない。多分ハボック少尉なら口にしていた。そして大噴火を招いでいただろう。
「…や」
 とりあえず片手を挙げて挨拶したフュリーに、エドワードは照れたような困ったような苦笑をひとつ。
「わり、ちょっと中で待ってもらえる?」
「え?うん、それは構わないけど…」
「あ、食料品とかサンキュ。適当に置いといて?後でしまうから」
 フュリーが抱えてきた大きな紙袋やらに目をくれて、エドワードはてきぱきと指示する。そして言うだけ言ってパタパタ去っていく背中に、フュリーは思い出したように声を掛けた。幾分慌てて。
「あ、エドワード君、これバター、要冷蔵!」

 バターだけ先に渡すと、フュリーは慌てず騒がずのんびり玄関ホールから屋内へ踏み入れる。
「…っと、室内履きに履き替えるのか」
 普段の習慣通り土足のまま踏み入れようとしたら、ホールの内側にはきちんと室内履きが揃えてあった。…いよいよ普通の民家っぽい。というか、いよいよ新婚さんの家に遊びにきたような変な感覚が曹長を襲った。…しかし詳しくそれについて考えることはあっさり放棄する。
「…おじゃましまーす…」
 慣れない感覚に、フュリーは少し落ち着かないものを覚える。
「あー、曹長、そっちちょっと散らかってるかも、でも悪いんだけど適当に座ってもらえるかー?」
 リビングらしき場所へ顔をのぞかせたフュリーの背中に、キッチンだかダイニングだかからエドワードの声が飛ぶ。
「エドワード君、そっちにいるのかい?」
「あー?うん」
「じゃあ食料品の補充そっちに持っていくよ」
「え?あー、…うん、よろしくー」
 一度は踏み込みかけたダイニングから踵を返し、彼はキッチンへ向かう。
 すると、ダイニングテーブルには、上司の姿もあった。―――ただし、今の彼は普段の彼ではなかったけれど。
「大佐、こんにちは。おかげんは?」
 そういったことを存じてはいたけれども、フュリーはあえて「大佐」と呼びかける。それ以外の呼び名など、やはりありえなかった。名前で呼びかけるのには抵抗がある。
「こんにちは。…残念ながら」
 男の方でも、それに対して特に感慨はないようで、苦笑を浮かべてはいたもののそれはきっと戻らない記憶に対するもので、全体的にはあっさりしたものだった。
「…エドワード君、…何か作ってるの?」
「「ブラウニー」」
 曹長の問いには、二つの口から同じ答えが返ってきた。
「…え?」
「お菓子のさ、あるじゃん、あれ」
「………作ってるの?」
「作ってるよ」
「……エドワード君が?」
 少年は呆れたように溜息を吐いて、それからぎろりとロイを睨みつけた。
「こいつになんかさせたらこの家壊されかねない」
 そして、きつい一言を。しかしロイも負けじと言い返す。言い返すのだが…。
「ひどいな、君は。せめて半壊くらいにしてくれ」
「どっちにしろ壊すんじゃねーか、馬鹿なこと言ってんな」
 エドワードが言うように、言わない方がいいくらいの内容だった…。ロイにはもう呆れて何も言わず、少年はフュリーに向き直る。
「曹長もよかったら食べてかないか?」
「え?」
 いいのかい、と言う前に、ロイがむすっとした顔をした。それにフュリーが唖然としていると、エドワードが見咎めて苦笑した。それから随分気安い様子で、ロイの頭を軽く小突く。
「欲張ってんじゃねーよ。一人で食う量じゃねぇだろが」
 それで初めて、ロイの仏頂面の謎が解ける。要するにやきもち…のようなものなのだろうが、色々と複雑だ。
 …その感情を正確に読み取ったエドワードもまた、ある意味で。

 結局焼き上げたブラウニーの半分をフュリーに持たせて帰らせた後、ロイは少し拗ねているようだった。こいつはあほか、と思いつつ、エドワードはどこか嬉しい。
「…おい、いい加減拗ねるなよ。それより夕飯どうするよ」
「拗ねてなどいない。失敬な」
「あーそーかよ。そりゃすまなかったな」
 エドワードはぽりぽりと鉛筆で頭をかきながら、目は料理本を追っている。これもまた、作り付けの本棚に入れられていた実用書のひとつで、「お料理の基礎三十品」とかいうタイトルである。その名の通り基本的な料理が載っており、まさに今のエドワードにはぴったりの一品なのである。
「曹長から伝言。中尉が、この界隈の買物だったら、ちょっとくらい出てもいいって」
 鼻歌でも歌いだしそうな勢いでエドワードは言う。それに釣られて、ロイは顔を上げた。少年はテーブルの上で広げた本に夢中で、意識はこちらに向かっていないらしい。
「………」
 そうして見ていれば、伏せた睫毛の意外な長さに驚くことになる。
 気付かぬうちに、ロイはじっとエドワードを見つめていた。
「…大佐?」
 やがて、さすがにその視線に気付いたエドワードが顔を上げても、ロイは目をそらすことがなかった。段々居心地が悪くなってきて、悔しかったが、エドワードは先に目をそらしてしまった。
 と、ロイがソファから立ち上がり、エドワードの傍までやってきた。
「………、…?」
 広げたページがかげるのを見留めて、エドワードはわずかに、うかがうように顔を上げる。
「………」
 ロイはひどく真面目な顔をして、じっと少年を見下ろしている。エドワードの方も、ただならぬものを感じ、目をそらせないでいた。
「…さっきそこにあった本で読んだんだが…」
「?」
 おもむろに口を開いたロイは、どうにも脈絡のないことを口にした。エドワードは眉をひそめて首を傾げる。何が言いたいのだろうか、と思いながら。それとも何かを思い出したのだろうか?
「紅茶を淹れるとき、最後の一滴を“ゴールデンドロップ”というそうだ」
「…は?」
「その一滴に一番の…エッセンスが詰まっているかららしいが…」
 そこまで言って初めて、ロイは頬を緩めた。そしてそのまま、軽く背を屈めてエドワードの頬に触れた。彼が何がしたいのかわからずただひたすら困惑するエドワードに、軽く微笑んで言う。
「―――君も一緒だな」
「………は………?」
 きょとんとして数度瞬けば、ロイが笑みを深くした。そして、頬に触れていた手を頭に伸ばし、ぐしゃぐしゃと金髪をかきまわす。
「…わっ、ちょ…!」
 嫌がって逃げようとする少年と軽い攻防を繰り返しつつ、ロイは笑った。
 記憶は戻らない。
 だけれど、ひとつだけ確信していることがあった。

 ―――自分は絶対に、この輝きに惹かれていたはずだ。

 たとえふたりの関係が、純粋に仕事上のものでしかなかったのだとしても。
作品名:人魚 作家名:スサ