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みっふー♪
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ワンルーム☆パラダイス

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《序》



+++

男は世捨て人だった。いや、中途で世間に放り出されたのはむしろ自分の方だったか、これでも人生の序盤戦までは不景気斜陽下り坂一方のリーマン家庭に生まれ出ずるも蛍雪時代の甲斐あって人並み以上の高級車両に乗れていたのだ、それがどうだ、ほんの僅かな気の緩み、一瞬の出来心、積み上げてきたものは儚きしゃぼん玉と消え失せた。
――だがしかし、指先に持ち上げた漆黒のアイウェアに男は自問する、これはこれで良かったのかもしれぬ、自分はその実良心のどこかで、絵に描いたような苦学生一発逆転成り上がりコースにハマって悦に入る己の姑息さに辟易していたのではなかったか、――何を今さら、負け惜しみも甚だしいと席を並べたかつての同僚たちに鼻で笑われればすぐにも手折れるほどの、いささか感傷に過ぎる根拠ではあったが。
「……」
ブロック塀に囲まれたまばらな芝生の四角い敷地で、無精髭の顎に手を当て、半纏の裾を風にはためかせて男は遠き日々を思う。
……そしてこの四十路絡みの男の傍ら、寄り添うように立つ袴姿のひとりの少年、これと言って取り立てるところのない、ごく平均的かつ地味で控えめな容姿を持つ一般ピープルの彼もまた幾度となく男に愛想を尽かしては男と道を分かとうとした、けれど結局捨て切れなかった、全てを捨てた男と追い掛け拾い続ける少年、神の悪戯に交錯した二人の縁は幾重にも複雑に絡まり合い、望むと望まざるといずれ解ける気配もなく、それも天命だといまや少年は悟ったのである。
――まじでふぁざこんとかちょーウケるんですけどー、さげぽよ〜(使い方合ってんの?)、誹りは敢えてこの身に受けよう、だが待てよ、知らず面影を重ねるほどには性別と誤差範囲内の年齢以外、どこに亡き父との共通点があるというのか、こんなしょーもない、まるでダメなアラフォーおやじに、自分はどうして構わずにいられないのか。逃げられても撒かれても、逆にしつこく泣き落としに迫られても、そりゃ一時的には恨んだり蔑んだり憎く思ったりしながらも、最終的には邪険にできなくて、――いい加減鼻水拭いてくださいみっともない、ぱりっと糊の効いた晒しの手拭い差し出して、……何故だ、僕が手拭いの火熨斗を欠かさないのはあくまで年頃らしい身だしなみとして、もっと言えばいつ何時往来で理想の女の子と擦れ違わないとも限らないからで、そのときは古典的出会いのスタイルでばさっと落としたふりしちゃおっかな☆なんて、なのに結局、手渡す相手はいつも地べたに半ベソかいてへたり込んだおじさんなのである。仕方がない、これも運命さ、クラシカルな眼鏡の蔓に手を添えて少年は自嘲する、……そしてさんざん、我が身の付きのなさを嘆きながらも結果信じてしまうのだ、今度こそ、この人と笑い合って穏やかに暮らしていけるはずだと、そんなもの蛤の吐くひとときの夢想に過ぎないと、初老手前まで生きたこの人の性質だもの、そうそう変わるはずもなく、けれどほんの一瞬でも、心の通った、そう思えた煌めく時間の針を、こんなにも心の針山を埋め尽くしてしまった数多の記憶を、全てなかったことにはできないのだ。
「……マ夕゛オさん、」
少年は呼びかけた。
「なんだいシンちゃん」
くたびれた半纏を翻しておじさんが振り向いた。
「――ハイちょっとごめんなさいよ、」
ゆるキャラの着ぐるみに引かせた露骨に怪しい幌囲いの荷車を押して、一階角部屋の住人であるロンゲのにーちゃんが颯爽と羽織なびかせて二人の間をズケズケ通っていった。
「!」
番犬代わりに庭で飼われているもふもふわんこ型巨大生物が昼寝の片目をぱちりと開けた。が、今日は興が乗らなかったのか、すぐにぐでんとフテ寝した。わんことオバケ着ぐるみとは、常日頃アパートの白物マスコットキャラのてっぺんをめぐっていがみ合っている天敵同士である。
「……なんでもありません」
道を譲った反動に足元をふらつかせながらも少年は眼鏡の奥で微笑んだ。
「呼んでみただけです」
「――そーだな、」
髭面を揺らしておじさんも愉快そうに笑った、「私も、返事してみただけさ、」
「……ウフフ、」
眼鏡を押さえて、俯いた少年がくすぐったそうに笑った。
「アハハ、」
グラサンの下に目を細めておじさんも笑った。
「ウフフフフ☆」
「アハハハハ☆」
おじさんと少年はアパートの中庭で見つめ合って、延々笑みを交換し合っている。
「……ビョーキだな、」
二階の窓枠に肩肌脱ぎの着流しの肘を掛けて、ぼへーっと庭を眺め降ろしていた銀髪天パの男が大欠伸に呟いた。
「そうです、アナタはビョーキです、」
――いい加減学習したらどうですかセンセイ、西洋式の洒落乙隊服の部下を従え、六畳一間の玄関先に客用スリッパで訪問していた特殊警察の局長が皮肉めかしたアクセントに言った。
「……」
机代わりのみかん箱の前で、ペンを握った白い着物の若い(つかぶっちゃけ年齢不詳)男が顔を上げた。
生え際を立たせた髪を撫でつけてため息まじり、局長は続けた。
「あなたの主張にもある通り、この国に思想内心の自由はあっても表明の権利は一部制限付きでしか認められておらんのです、それをわざわざ官立機関の懸賞論文に実名で応募してくることはないでしょう、現状打開の策にしても乱暴すぎる、もっと他に段階を踏んだ地道なやり様が……」
「そんなことより原稿を返して下さい、」
みかん箱前に正座した先生は淡々と落ち着いた静かな口調に、けれど薄い色の長髪を揺らして見上げる瞳には強い意思の光が宿っている。……ウン、顔んとこだけあからさまにピンボケしてっからあくまで推測の域を出ないけど。
「……、」
どーぶつえんのゴリラさん並みに隆々とした体躯に腕を組み、――やれやれ困ったモンだ、局長は深い息をついた。それから、窓辺の天パにちらりと目をやって、
「君も同居人ならもっとよく監督しといてくれないと」
――我々だってそう暇じゃないんだから、ゴリラ局長の言葉に、天パがのそーっと振り向いた。
「イヤあの、同居じゃないんで、」
天パの首筋をガシガシ掻いて天パが言った。
「は?」
局長は解せない表情にクラバットの首元を傾けた。――ここで一緒に暮らしてるんじゃないのか、戸口に表札だって出てるじゃないか、言い立てられて天パはふうと息をついた、
「同居じゃなくて同棲なんで、」
――そこんとこはっきりしといてもらわないとっ、インナージャケッツの襟を立て、半眼を吊り上げて天パはキリリと真顔を引き締めた。
「――えっ」
局長は思わず先生の顔を見た。
「?」
救いを求めるような視線を受け止めたまま、みかん箱前に鎮座する彼は特に訂正することはしなかった。