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ねこはなく

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猫が泣いた。

(愛されたいと願うのは愚かなことなんでしょうか)

愛するひとの不義を嘆いて。
恋しいと、あの人が恋しいと、泣いた。

(愛して欲しいなんて、行き過ぎた想いですか)

あんまりにも泣くので、思わず手が伸びて漆黒の毛を梳くように撫ぜる。時折地肌を擽り、短い毛を一つ揉むように摘まんだりして暫く撫でていると、猫がぐるると喉を鳴らした。
すぐにそんな自身を恥じるように項垂れた猫に四木は苦笑する。
下を向いたせいか、重力のせいで蒼い眸からぽたぽたと零れ落ちる滴。
何となく勿体無いとそう思い、撫でる手はそのままで、べろりと獣のように舌で頬から目頭にかけて掬ってみせれば、今度は眸が零れ落ちるんじゃないかと思うぐらい大きく瞠られた目。
ぶわわ、と毛が逆立つ様子に今度は自分が喉を鳴らす。
かわいいな。無意識でも無自覚でも無く、確かにそう想った四木の次の行動は早かった。
君の涙に自覚を促されたんだ、責任は取ってもらいますよ。
そんな押し付けがましい台詞をすらすらと告げて、猫が我に返る前に、逃げられぬように細い肢体を引き寄せ、濡れた顔をジャケットに押し付けてやる。
わぷっ、と声がしたが気付かない振りをして、先程とは違い乱雑に撫でてやれば、抗議のように猫が鳴く。
なのに逃げる様子の無い猫に四木は笑う。久しぶりに声を上げて。
不満げに鳴いていた猫はその声にびっくりしてまた眼を大きくしていた。
そうして、濡れていた頬が乾いた頃、猫は笑っていた。
恋しいと泣いていた声ではなく、柔らかい音で、四木の名を呼んだ。
応えるように頬に手を当てれば、擦り寄るまろい感触に目を細める。
蒼い眸に四木だけを映して。


(          )


その日から、恋しいと、猫が泣くことは、もう、なかった。

作品名:ねこはなく 作家名:いの