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【aria二次】その、希望への路は

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13.その、希望への路は



「アイちゃんは未だ見習いのウンディーネです。監督の義務は私にあります。責任を負う必要があるのなら、私が …… 」
 そう言いながら、灯里が一歩前に進み出る。ここまでの漕ぎを見て、灯里も、アイが一人で希望の丘に来ていた事に、気付いてしまった。いや、気付かざるを得なかった。だから、ペナルティがあるのなら、自分がそれを引き受けようと決めていた。
 だけど、その言葉を最後まで言い切ることはできなかった。力ずくで押し止められたわけではない。自分の肩に、ごく控えめに、そっと置かれたアリシアの手に、語り続けることが出来なくなったのだ。
 アリシアの手に、灯里は思わず振り向く。これまで、灯里が見たことのない、緊張した表情のアリシアがそこにいた。アリシアは、じっとグランマを見つめている。
 灯里は、アリシアの表情を見て気付いた。灯里自身は、アイちゃんを守りたい気持ちで動こうとしていた。けれど、アリシアさんは、そんな自分とアイちゃんの両方を守ろうとしていたんだ、と。
 口を閉ざした灯里は、視線を前に戻してグランマを見た。

 三人のウンディーネがグランマのことを見つめていた。三人は、それぞれ異なる表情を浮かべている。
 一瞬、グランマは、ゴンドラ協会の誰か偉い人を、この場に連れてこれたら、と思った。この三人と一緒に、ほかの誰かを睨みつける立場でいられたら、どれほど安気なことだろうか。
 だが、それは空想以外の何物でもなかった。静かにため息をつくと、グランマはアイと向き合った。
「アイちゃん」
 つとめてさりげなく、グランマはアイに呼びかけた。だが、その場の三人には、その声には、逆らうことが許されぬ威厳が、込められているように思えた。アイは、返事に替えて、黙ったままうなずいた。
「一人で、進入禁止区域で漕いでいた事は、見過ごすわけにはいけないの」
 アイは了解のしるしに、再びうなずいた。アリシアと灯里は、黙ったままグランマを見ている。
「では、処罰を下します。アイちゃん、左手を出しなさい」
 訝しげな表情を浮かべながらも、アイは素直にグランマに向かって左手を差し出した。灯里の肩に乗せられたままのアリシアの手に、知らず知らず力がこもる。
 グランマはアイの左手から、オールを漕ぐための手袋を取り去って、言った。
「罰として、明日から半人前のシングルとして、修行に励むことを命じます」

 きょとんとしたまま、手袋を取り去られた自分の左手と、グランマの顔をかわるがわる見ているアイ。そんなアイに、灯里は呼びかけた。
「アイちゃん!」
「灯里さん!」
 泣き笑いの表情で抱き合っている師弟を見ていたグランマの傍らに、そっと近寄っていたアリシアが尋ねた。
「よろしかったのですか?」
 表情から憂いを取り去り、さばさばとした笑みを浮かべたグランマが答える。
「もちろん、いいに決まってるじゃないの。シングルの昇格試験で、あれだけの漕ぎを見せてくれた娘(こ)をクビにでもするつもりかい?」
 未だ、いくぶんか心配げなアリシアに、グランマは語って聞かせた。
「あの日、電機工場から、ゴンドラ協会にも問い合わせが来てたのよ。発電機を運べるウンディーネはいないか、ってね」
 すこしだけ疲れた様子でため息をついたグランマは、話を続ける。
「でも、協会の方で紹介を断っちゃって。希望の丘に一人で来たのは、協会が厄介ごとをアイちゃんに押し付けたせいだ、という事でもあるわけよ」

「だから、アリシア。あなたも、懐の辞表は、捨てちゃっていいんだよ」
「あら、ご存知だったんですか?」
 驚いて尋ね返すアリシアに、グランマは微笑みながらうなずいて見せた。
「おーい!」
「アイちゃーん!」
 その時、藍華とアリスの呼び声が聞こえてきた。駆け寄る彼女たちの向こうには、晃とアテナの姿も見えた。
「おやおや、気を揉んでいたのは、私たちだけじゃなかったみたいだねぇ」

「やりましたー! 私、シングルになりましたー!」
 アイが片手にしか手袋をはめていない手をかざしながら、アリスたちに叫び返す。灯里も、目尻を拭いながら藍華たちを出迎えた。
 事情も把握していないうちから、アイの前で、藍華はすでにもらい泣きしていた。灯里があわててハンカチを渡す。ようやく追いついた晃とアテナが、息を切らしたまま、アリシアに問い詰めようとする。

 だから、その事に最初に気付いたのは、アリスだった。

「アリア社長、あなた、最初っから、何もかもご存知だったんでしょう?」
 それまで、わりと静かにかしこまっていたアリアをたしなめる声に、アリスは、ふと、顔を向けた。そこにいたのは、アリアカンパニーの制服を着たグランマではなく、

 すこしだけアリシアに似た雰囲気の、長く伸ばした金髪を持つウンディーネは、晃や藍華と同じ姫屋の制服を着ていた。その制服にちょっぴり違和感があるのは、長い年月の間に、デザインが変っているせいだろうか。地面に座るアリアに手を差し伸べる、その美しい女性(ひと)に思わず、

「グ、グランマ …… 」
 アリスの声に、周りのみんなも次々と顔を向け、晃は目を見開き、アテナは驚きに開いた口許を押さえ、藍華は動くことを忘れたかのように固まった。
 映像記録だけで知るグランマの姿に、灯里は嬉しげな笑みを浮かべ、アリシアは我知らず浮かんだ、目尻の涙を拭った。

 やがて、その女性はアリアを抱き上げると、ゆっくりと灯里達の方を向いて、

「おやおや、どうしたんだい、みんな魂消たような顔をして」

 何かが飛び去ったような一瞬の後、灯里達の目の前にいたのは、アリアカンパニーの制服を身に着けた、いつものグランマの姿だった。
「何だったんだ、今の …… 」
 呆然とした晃の言葉に、アリスが答える。
「ひとつの、でっかい奇跡です」
「あ …… は、はずかしいセリフ、禁止 …… 」
 身の入っていない藍華のツッコミに、アテナが思わず笑いを漏らす。その笑いは、その場にいる全員に広まっていった。

 やがて、彼女たちは、ゴンドラの隊列を組んで、希望の丘を下っていった。アイの漕ぐゴンドラが先導するその小さなパレードは、一人の見習いウンディーネが、半人前に昇格したことを、力強く高らかに、ネオヴェネツィアの街に宣しているかのようだった。

〜了〜