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すずき さや
すずき さや
novelistID. 2901
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何度でも夏に恋をする【お試し版】

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雑然としたロッカールームで交わされる私語は他愛ないものが多い。
 特に練習後の解放感にあふれた時間帯は特にそうだ。
「世良さん、彼女ができたみたいだね」
 突然の思いもかけない誰かの言葉に、堺の背中がぴくりと反応した。彼女ではなくて彼氏だけどなと、心の中で反論しながら、顔には出さず黙って聞き耳を立てる。
 今、ロッカーを隣合わせで使っている世良の姿はないために、自然とひそひそ声が大きくなっていく。
「世良って、彼女いなかっただろ」
「見たっス」
「えっ。マジで」
「彼女連れでいるところを見かけたっス」
「見間違いだろ」
 言い合う声に「俺も見た」と言う声が重なる。
「この目で見たよ」
「あれは彼女だね」
「うん。彼女だ。間違いない」
「雷門近くのスタバで堂々と会っていた」
「そんなところへ女連れかよ。ある意味すげえな」
 噂話を聞きながら世良に彼女ができたはずはないと、堺は心の中で反論した。
 なぜなら自分が彼の恋人であるからだ。堺は公言して回るほど愚かではないが、まぎれもない事実である。
 しかし、世良が目立つ場所へ女を連れて出歩いていたとなると、堺の心中は穏やかではない。
大切な人間は堺である。好きだと、訴える世良からの言葉に嘘はないはずだが、恋人は自分だけだと世良が言っただろうか。
 普通は恋人を二人持たない。一般的にはそれを二股と呼ぶ。確かに常識に照らし合わせれば、堺という男と付き合うより女。しかも若くて愛らしい方がいいだろう。
 三十歳を過ぎた愛想のかけらもない可愛げのない男を相手にすること自体がナンセンスだと、言われれば反論のしようがない。
 世良は本当に堺の知らぬところで女性と会っていたのだろうか。親戚ではないのか。友達ではないのか。
 世良に直接問いただして聞くべきなのだろうか。嫉妬に駆られた三十過ぎの男と言うのも惨めな話だ。
 そう思った途端に辛くなり、少しだけ胃のあたりが痛んだ。思わずシャツをつかむと、呼吸を整えるように深く息をついた。
 背中で言い合う声はまだ続いている。睦み合うように寄り添った姿を見たと断言する声。見たことのない若い女と世良が一緒にいたと噂する声。
 その言葉だけで見ていない光景が目に浮かぶ。
 言い合う声をこれ以上、聞きたくなくて堺は耳をふさぎたい衝動に駆られた。
 その時、扉の開く大きな音と共に、元気いっぱいな表情を浮かべた世良が姿を見せた。
「チィーッス。お疲れっス!」
 世良の出現に、噂話に花を咲かせていた若手は一斉に口を閉ざした。噂の主が現れたことで、そそくさと身支度をして帰る者も少なくない。後ろ暗い気持ちがあるのならば話さなければいいのに、堺は無言で辺りを窺う。
 世良は先ほどまで自分が話題に上がっていたことなど知らないため、にこやかな表情で居合わせたチームメイトに声をかけていた。
 そして、堺の隣に立つとにっこりと笑顔を向ける。
「堺さん、お疲れっス」
「ん。お疲れ」
 世良の屈託のない笑顔を見ていると、一瞬だけでも浮気や二股をかけられているのではないかと、疑念を持ったことが恥ずかしくなる。
「今夜、部屋へ行ってもいいですよね」
「えっ。ああ。片付いてないから……」
 とっさに堺は歯切れの悪いセリフをついてしまった。
「俺、どうしても一緒にいたいっス。駄目ですか」
 上目使いで訴える世良の表情。幼さの残る頬。それを見て恋人に子供のようなあどけなさを感じとった。
 見た目と反し中身が子供ではないことを十分承知しているが、いとけないものを見る目になってしまう。
 世良は、堺の視線を恥ずかしがるように目を伏せる。
 赤らんだ頬の世良は、今まさに恋をしていると、言う風情で堺以外の人間など眼中にないという様子だ。
 先ほどの会話の世良と同じ人物であることがつながらない。やはり、見間違えか勘違いではないかと、言い出したチームメイトに問い詰めたくなる。
 しかし、ここで余計なことを口にしても事態が好転するわけでもなく、こじれるだけだろう。
 問いただして何になるのかと、思われて終わる。
「あの、堺さん。迷惑でしたか」
 もの思いにふける堺の顔を世良は不安そうに見つめる。その表情を見て堺は疑ったりして悪かったと、思いながら世良の髪を優しくなでた。
「いいよ。俺の部屋に来いよ」
「じゃあ。俺、さっさと着替えます」
 堺の返事に気を良くした世良は、くるりと明るい表情に戻ると練習着を脱ぎ始めた。
 堺も私服に着替えると最後、左の手首に時計を巻く。
 世良はちらりとその手首に光る腕時計に目を止める。
「ん。どうした」
「それって高いっスよね」
「まぁ。ちょっと奮発したかな」
「そうっスよね」
 世良は堺の言葉に曖昧にうなずくと、考え込むようにうつむいた。
 どうかしたのかと、堺は顔を覗き込むと世良は慌てて顔を上げ、誤魔化すようにぎこちなく笑った。
「こういうものにも、こだわりがあるっスよね」
 世良の言葉に特に疑問を持たず、堺は自分の腕時計を見る。デザイン、値打も相応のものだと言う自信がある。
 人の目を気にする面がある商売柄、あまり安物をつけられない。
「そうだな。年相応のものをつけるのが身だしなみだな」
プロサッカー選手として周囲に夢を与える存在であるという自覚を持っていると、答えた。
「そうっスね」
「それがどうかしたのか」
 堺が訊ねると何でもないっスと、世良は頭を振った。
「堺さんのプロ意識は、そういうところにもあるっスね」
 そう呟くと世良はあごに手を置いていた。
 堺は世良に対してプロ意識が低いと、言い放ったことがある。それを気にしての発言だろうか。堺は世良の横顔に成長の一端を感じ取り目を細めた。
「車で待っている」
 堺は考え込む様子の世良へ声をかけた。すると、世良は我に返ったように振り仰いで堺を見つめた。
「はい。すぐに行きます」
 世良は喜びを隠せずに嬉しそうに笑うと「後で」と手を振った。
 先ほどの噂話は気になるが、自分に向ける世良のまなざしを見ると、噂はしょせん噂できっと見間違えだろうと思った。
 一人になると堺は世良が寄せる思いよりも、他人の憶測を信じかけた自分を恥じた。
 どうしようもなく彼のことを想っている。嫉妬も不安も世良の存在があるから覚えることなのだ。そう思いながら空を見上げた。
 夕焼け空にうっすらと浮かぶ不安定な月を見つける。満ちては欠け姿を変えていく存在と、他人の言葉で揺らぐ自分を重ね合わせて、堺はそっとため息をついた。
 他人の言葉に揺らいでしまうほど、世良が自分を思う気持ちは軽いものではないはずだ。
 それなのになぜ、辛いのか。
 きっと、月との距離が生涯、手に届かないように、世良との年齢差は永遠に埋まらない。その事実が、堺を辛くさせるのだ。
 そんな思いを抱えたまま、堺は世良を待った。