【どうぶつの森】さくら珈琲
46.そのままでいいよ(とまとside)
「じゃあ、ちょっと買い物いってくるから、留守番よろしくね」
ヴィスくんは朝から釣りに、さくらさんは買い物に行っちゃって、あたしは久々にリクと二人きりになった。
……なんだか、気まずいなぁ。どうしよう。
あー、テキトーに理由つけて、レベッカ姉さんのところお邪魔しちゃおうかなあ。
ちょっとだけ、リクに怒ってる部分もある。
らしくないって言ったの、リクじゃん。
だからあたしだって、暗くならないようがんばってるのにさ。何よ、その態度。
調子狂うじゃん。
あと、……これは内緒だよ、ほんとはね。
ヴィスくんが家にいないと安心する。
やっぱり、どうしても意識しちゃうの、しょうがないじゃん。でも、それだってがんばってるんだよ、なのに……。
「前の髪型の方が良かったー!」
あたしの部屋にいきなりリクが入ってくるのは、ずいぶん久しぶりのことだ。
しかし、相変わらず無神経。
でもちょっと大人になったあたしは、努めて気にしないよう振舞った。
リクに何を言われたって、ヴィスくんとさくらさんがどんなに親しげに話してたって。あたしはそんなこと、気にしたりなんかしない。
「ひっどーい、せっかく思いきって切ったのに。」
「……お前、いつまでそれ続けるわけ?」
何の話? 意味がわからない。
「オレっち、素直になれって言ったじゃん。」
「どういう意味? あたしはいつもこうだし。」
「どこがだよ、無理ばっかしやがってよ」
やっぱり、リクはむかつく。
あたしのこと、何も知らないくせに。
「素直になりましたよぉ?」
ついあたしの言い方も、とがってキツくなる。
あたしは髪をなで付けて言った。
「その結果がこれじゃない。別に、無理なんてしてない」
ヴィスくん。
ヴィスくん。
……思い出したくない。
「じゃあ、なんで泣いてるんだよ」
泣いてる?
はっとして、そばにあった鏡を見ると、あたしの目からはぼろぼろと涙があふれていた。
短くなった髪。
がんばって、伸ばしていた髪。
「しょうがないじゃん!!」
わかってるよ。
短い髪が似合わないってこと。
ヴィスくんを気にしないようにして、それが一番意識してるってこと。
でも、これ以上どうすればいいの。
振られたって、好きなんだもん。
さくらさんに元気になってほしくても、あきらめられないんだもん。
かっこ悪いけど、しょうがないじゃん。
どうしようもないじゃん、無理して大人になるしかないじゃん。
そんな意味のことを、めちゃくちゃな言葉であたしは叫んでいた。
家にリクと二人きりでよかった。今のあたし、すごくかっこ悪い。こんなところ、ヴィスくんに見られたくない。
「あたし、がんばってるじゃん!! リクに、何がわかるの!?」
「わかるよ。ずっとお前のこと見てるから。だからもう無理すんな」
「うるさい! 何も知らないくせに、ふざけて好きとか言ってくるリクにはわかんないよ!
本気で恋したことないあんたにわかるわけないじゃん!」
ああ、どうして、誰かを傷つけることしか言えないんだろう。
助けてって言いたいのに。
ひどい言葉ばかり口からあふれて、そのたびに自分の胸がずきずきと痛む。
辛くて辛くて、どうすればいいかわからなくて、出口が見えないこのトンネルから出してよって言いたいのに。
「あ、あんたなんかに好きになってもらっても、何の意味もないんだから……
全然うれしくないんだから……ばかリク……なんでそんなことばっかり言うのよぉ……」
信じられないことが起きた。リクに抱きしめられたのだ。
いつも、セクハラまがいのいたずらにはよく怒っていたけど、こんなことされたのは初めてだった。
あたしは何が起きたかよくわかんなくて、ただリクの体温はこんなに高いということに驚いていた。
「好きでいればいいじゃん」
リクは、言った。
「ずっとずっと、ヴィスのこと気が済むまで好きでいればいいじゃん、
そのままのとまとでいていいじゃん。」
「……そんなの、良くないよぅ……」
ああ。
あたしはずっと、言われたかったんだ。誰かに。
「そのままでいいよ」って。
無理しないでいいよって。今までのように、素直に生きていいんだよって。
あたしが欲しいのは、この温もりじゃないはずなのに。でも、離せない。
どうしてリクにどきどきしてるか、自分でもわからない。
……何も、考えたくない。なんだかここ最近、いろんなことを考えてばかりでとっても疲れてしまった。
「誰もお前を責める権利なんてねぇよ」
いつもは子どもっぽいリクが、このときばかりはすごく頼りになる気がした。
ねぇ、好きでいていいのかな。
それって、迷惑にならないのかな。
「で、でさ」
リクはおずおずと続ける。
「……気が済んだら、いつでもオレっちのとこ来ていいからな
オレっちは、ヴィスを好きなとまとも含めて大好きなんだからな」
いつもは流してしまう恥ずかしい言葉。
なのに、今は本気にしちゃうよ。
そんなの、良くないよ。
「……そんなの、ずるいよぉ」
どうして、そんなにバカなの。
どうして、あたしなんかをそんなに大事にしてくれるの。
こんなにいやな奴なのに。ちっとも可愛げなんてないのに。
心臓が張り裂けてしまいそうなくらい痛かった。
あたしの心を読んだみたいに、リクが言った。
「大丈夫、オレっちはとまとが全部大好きだからなー!」
笑っているリクの心臓の音も大きい。
そっと頭をなでてくれた。今のあたしには抱き返すことは出来ないけれど、離れる勇気だってなかった。
あたしたち、不器用だね、ほんと。
涙でぼやけた視界に、ここにいないはずのヴィスくんを探そうとして。
でも目を閉じると何も見えなくなった。
不器用な二人の、心臓の音だけ。
ねぇ、あたし、いつかあんたに、甘えちゃっていいのかな。
「ほんとに甘えちゃうよ。」
聞こえないように小さく、くぐもった声で言ったはずなのに「いいよ」とリクは低い声で答えた。
「ばかリク。」と、あたしは小さく呟くと、またあんたが笑った。
作品名:【どうぶつの森】さくら珈琲 作家名:夕暮本舗