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It was deprived by fireworks.

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 再会したのは偶然だった。



「あれからずーっと頑張ってたんだろうなあ、バニーちゃんは」
 日中の暑さが嘘のような心地好い夜風に柔らかく髪を撫でられながら、シャンパングラスを鳴らす。
 とある雑居ビルの屋上に忍び込み、ピクニックのように敷いたビニールシートの上に二人並んで腰を下ろしていた。大の大人には少々手狭な正方形には他に持ち込んだ酒瓶が数本とつまみが数種類。隣り合って見上げる空はすっかり夜一色で塗り潰されている。
「頑張りましたよ。いつか虎徹さんに、『アイツを育てたのは俺だ』って言って貰いたくて」
 こくりと喉を鳴らせば、微かに弾ける口当たりのよい甘さ。その後にアルコールの熱さが滲み上がってくる。
 人生の契機とはいつ誰によって齎(もたら)されるものか知れない。以前は酒も嗜む程度で、しかもロゼワインをよく選んでいた。今はシーンに合わせて赤や白も、時には手軽な発泡酒も口にする。張り合って浴びるように何でもかんでも飲んだのが最初だっただろうか。床の上で夜を明かした日のことが昨日のように思い返されれば、急にあの頃の感覚が胸のうちに蘇る。
 立場も距離も、お互い随分遠くまで来た。
「じゃあ、俺からのお祝いだ」
 グラスを手にしたまま彼が指し示した空に、謀ったかのように最初のひとつが打ち上がった。
 遮るものがない取って置きの場所で、視界一杯に光の華が咲いた。
 ひとつ散るのと互い違いにひとつ咲き、散ってはまたひとつ。
 一瞬できる合間の闇に、無意識のうち、かつて仕事用のバイクを無断拝借して二人で仰いだ星座を探していた。満天に零したような小さな光の粒の中、天文に疎い彼が唯一なぞった人物は生憎と季節が違うので見つけることはできない。
 あの頃と同じ彼は左隣りで、けれど昔のような勢いで飲み進めず、黄金色をグラスの中で転がしていた。
「あの、虎徹さん」
 投げかけにゆっくりと視線だけが返される。
 ──言うべきか、否か。
 空から注がれる明暗が彼の表情に影を落としては拾う。
 それは笑っているようなそうではないような、曖昧な感情しか読み取らせてくれない。
 ──質すべきは是か、非か。
 ただ真っ直ぐ彼と僕とを結ぶ線は繋がっている。
 それが意味するものは欠片もわからなかったが、鼓膜を揺らす残響に急かされた気がした。
「どうして僕とは三回だけで終わったんですか?」
 胸のうちに燻る蟠りは、結局、吐き出されるべき相手を前に引っ込む気配などなかった。
 天空ではひとつまたひとつ。ひかりとかげり。
「引退してからも会えるものだと思ってました」
 咲いては散る華の色に輪郭を撫でられて、その瞬間だけ、ほのかに白を、緑を、紅を、──クリアブルーを彼の身に纏わせる。
 五分と持たない華の残光はとても儚い。
 彼は傾けていただけのグラスをシートの端に置くと、花びらが舞い散る濃紺の草原へ二つの琥珀色を細めた。
「一回目は勢いで、
 二回目は一回きりの男と思われたくなくて。
 三回目は数的に、何となく」
 遠い思い出を語るように淡々と、しかし言葉をひとつひとつ選ぶような調子で、敷いたシートへと背を預けながら彼は続ける。
「友恵にも悪いと思ったしな」
「……あの頃、もう亡くなっていたのに?」
 指先で持て余していたグラスを先に置かれたものに隣り合わせた。どちらも、緩い透明なカーブの表面にちいさな粒を滴らせている。
 明滅に誤魔化されないよう、答えを有耶無耶にされないよう。顔の横に両手をつくと、少しだけ綻んだ口許には以前なかった皺があった。筋肉が落ちて、スリムになった体躯は会わずに過ぎていった年月を言葉無しで物語る。
「僕は虎徹さんとのこと後悔していません。もし、これからまた始まったとしても」
 彼の唇が微かに意思を持って動く。
 けれど、それが何を紡ごうとしたのかは、見えなくなった華と一際轟いた音に掻き消されてしまった。



  それは花火に奪われた.(終)
作品名:It was deprived by fireworks. 作家名:らんげお