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月の出を待って 前編

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 「俺達の一族には、ごく稀にヒトと狼の間を行き来する個体が生まれるらしい。古くは山神として崇められたそうだが、現代においては化け物にしか思われないだろうな」

 アインは私のワイシャツを羽織ってリビングのソファーに膝を抱えて座っている為、すんなりとした素足がワイシャツの裾から覗いている。
最初は何から話したらよいのか迷っていたが、私が、君はいったい何なのかと問うた事が糸口となったのだろう。
ポツリポツリと言葉を連ねだしたのだ。

「あんたと出会ったあの山の奥に、村があるんだ。ほとんどの村人が人型のままで固定している。俺みたいなのが生まれたのは100年か150年ぶりらしい」
「君があの姿のままでいたのは何故なのかね?」
「太陽が出ているうちは人型になる事はないんだよ。出歩くのは危険だと村から出してもらえないのに、ハヤトの奴が、俺が我侭で自分勝手な事を言ってばかりいるって詰るもんだから、カッとなって村を飛び出したんだ。闇雲に走っていたら足、踏み外しちゃって…」
「それで、私と出会ったと言う訳か…」
「うん。骨折が治らないうちは狼でいたほうが負担が少ないんだろう…と思う。子供の時にひどい風邪に罹った時も、夜になっても人型にならなかったそうだから」
「で、今日は私の帰りが遅くなった為に、人型になった所に出くわした、と?」
「そう。あんたと出会った日は朔の日だったんだ。で、今夜は二十日月。月の出は深夜をまわる。季節的にも春だから日の入りは遅いしさ」
「ならば、以前から君は夜に人型になって過ごしていたと?」
「いや。足の固定が外されても、完治していなかったんだろうな。今日まで人型にはなっていなかったんだよ」
「と言う事は…骨折、は…」
「うん。完全に治ったようだ」
「なら、君は…」

私の元から離れてしまうのかとの一言が、どうしても言えなかった。

その言葉に彼が頷くのを見たくない。

私は彼から視線を逸らし、床を見詰めていた。


彼をこの都会に置いておくのはまずいと判っている。
人外の存在は、昔なら畏怖の対称だったろうが、現代では全てを科学的に知ろうとするが故に、どんな目に遭わされるかわかったものではない。
だからこそ彼らは山奥に生活の場を設けていたのだろうから…
ガトーに言われたように、彼を元の環境に戻さなくてはならない。

“返すんだ”

私の中の冷静なもう一人の私が告げてくる。

だが、感情の部分の私は、その声に耳を塞いだ。

そう
彼を山から連れ出した時と同様に、私は彼と離れたくないのだ!

「俺はまだ、里には帰らないよ」

グルグルと思い悩んでいた私の聴覚に、意外な言葉が流れ込んできた。

「………えっ?」
「まだ帰らないって言ったんだよ」

顔を上げた私に視線を向けていたアインが再び同じ言葉を口にした。

「帰らないって……。なぜ……」

私は怪我が完治した今、彼がここに留まってくれる理由が見出せなかった。
ポカーンと情けない表情をしていたのだろう。
アインが私の顔を見ながら笑った。
陽だまりのような笑顔だった。

「帰らないよ。だって、俺、あんたに何も返してないんだぜ?治療してもらって養ってもらって…。俺専用の物もこんなに買ってもらっておいて、はいさよならって帰れるもんか。そんな恥知らずな行動は、いくら俺が我侭で自分勝手な奴だったとしても出来やしないよ」

私は彼の言葉の一言も聞き漏らすまいと真剣に耳をかたむけた。

「それにさ…」

アインが言葉を一旦切る。
そして、抱えていた足を床に下ろすと立ち上がり、テーブルを回り込んで私の前に来る。
私は彼をじっと見詰めたままだった。
一人掛けのソファーに座る私を見下ろしていたアインが、膝を折ると私の太股に手を乗せた。
ピクリッと私の体が揺らぐ。
それは緊張によるものより、期待から来るものだった。
アインの目線が私と同じ高さになる。
見詰めてくる澄んだ瞳に鼓動が早まる一方で、揺らいでいた心が凪いだ。

「あんた、さぁ…俺が居なくなったらすっごく寂しそうだからさ。あんたが満足するまでここに居るよ」

太股の上の掌を通じて、アインのぬくもりがじわりと染み込んでくるのにあわせて、私の目は熱っぽくなった。

「ほんとうかね?私がいいと言うまで、君はここに、私の傍に居てくれる…と?」
「ああ。あんたが迷惑じゃなければって前提だけど」
「迷惑なわけがあるか!」

私はアインの言葉を遮る勢いで叫んだ。
アインの目が吃驚したように見開かれる。

「君が居てくれるなら、私は何も望まないよ。君と出会ってから、私は毎日の生活がこんなにも楽しいものなんだと初めて認識したんだ。君が居なくなったら、今まで以上につまらない日々を過ごす事になる所だった。ありがとう」

私は太股に置かれていたアインの両手を握り締めると一息に言い募り、彼を引き寄せて上半身を抱きしめた。

ほのかに香る体臭が私の下半身を疼かせたが、緊張したように固まる彼の体に、今はまだ時期早々だと自分に言い聞かせると、ゆっくりと彼を解放した。
そして、再び視線を合わせる。

「で、君の名前は?本当の名前を呼ぶべきだろう?同居人として」

私は彼の頬を手の甲で擦りながらさり気なく問い掛けた。彼は頬を微かに染めながらも、嬉しそうに教えてくれた。

「俺はアムロ。アムロって言うんだ。シャア・アズナブルさん」

2009/05/15
作品名:月の出を待って 前編 作家名:まお