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月の出を待って 前編

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 暮らしている町に着いたのは午後
狼の彼を後部座席に寝転がし、食事も摂らず車を横付けにしたのは高校卒業まで同期として、そして友人として長く付き合いのある獣医のガトーの所だった。
午後の診療時間前に押しかけた私の格好に、彼の菫色の瞳が眇められる。

「何だ?貴様のその姿は!何処で暴れてきた?ここは獣医であって人を診る所じゃないぞ」
歯に衣を被せない辛らつな指摘が飛んできたが、私は文句を言うガトーをそのまま引きずって車の所へと急いだ。

「解っている。お前が獣医だと言う事はな。診て欲しいのは私じゃない。山で遭難しかけた所を助けてくれた彼を診て欲しいんだ」
そう言いながら後部のドアを開けて中を見せる。

「なっ!・・・・お、おい!貴様、は・・・何を・・・」
ガトーは彼の姿を見るなり言葉を詰まらせた。

無茶な私の行動は、命の恩人(?)である彼の容態を悪化させていた。
ハッハッと口の隙間から赤い舌を出して荒い息をして、意識も混濁している様子なのだ。

「左後足を骨折している。応急処置に冊子を副子として固定したのだが、その後も無理をして山の斜面を登ったりしたせいで具合が悪くなってしまったようだ」
「莫迦野郎! それだけじゃないだろうがっ!!こんな風に拘束したりすればストレスで体調を崩すのは当たり前だ!水は?水を与えていたのか?!」
「あ・・・・・いや・・・。昨夕に少しだけ・・・」
「早く診察台に連れて来い!!」

ガトーは大きな身体に見合わない素早さで院内へ取って返す。
私は彼の指示に従って狼を診察台へと運んだ。
横たわらせるなりガトーの手が狼の前足を消毒すると、数本採血した後に点滴を繋げて固定する。
それが終わるとレントゲンを持ってきて、全身の撮影をして骨折部位の確認をすると、シーネできっちりと再固定する。
全ての作業が終了するまで、わずか十分の早業だった。

処置が終了した頃に奥の休憩室からもそもそと出てきたのは、共通の後輩でもある浦木だった。

「先生。何か?」
「いや。もう処置は終了した」
「あ〜〜そうでっ・・・って!えっ??これ・・・狐?狼?」

浦木は診察台に横たわる獸の姿に、元々大きな黒い瞳を更に見開いて驚愕する。

「お前もそう思うよな。だが、この日本と言う国では狼は随分と昔に絶滅している。俺やシャアの故国でもあるフランスでも、森林狼やヨーロッパ狼と呼ばれる種ですら、保護をしないとまずい扱いなんだ。シャア、貴様はこいつをどこから連れてきた」

ガトーの詰問調の口調にややムッとなりながら、私は彼と出合った経緯を説明した。
「ふむ。そんな近場にこいつが生息しているはずがない。誰かが飼育していたのではないか?」
「私もそう思ったのだが、あの辺りで彼を飼育していそうな裕福な家はなかったぞ」
「ううむ」
ガトーは腕組みをして考え込んで、そしておもむろに私のほうへと顔を向けた。
「あのな、シャア。そもそもお前はなんでこいつが狼だと思ったんだ?見た目、狐だろう?浦木も一瞬判断に迷って、それでも獣医としての知識で狼か?という選択肢を出したんだぞ」
「はぁ?狐??・・・・いや、そう言われれば、そう見える・・・のか、な」

そう。
彼の耳は先端が少し丸みを帯びているし、尻尾も狐っぽい。
しかし私は狼だと感じたのだ。

「こいつはドール。別名アカオオカミと言う、レッドデーターに登録されている種だろうと思う。詳しく調べてみない事には確定は出来ないが、日本に生息する種じゃあないって事だけは確かだ」
「なんだって?!」
「在来種ではないんだ、こいつは。だから誰かが飼育していたとしか考えられない。それをお前が勝手に連れてきたのなら・・・・盗んだ事になるぞ。とは言っても、この種を国内で私的に飼育する許可は一般人には与えられていないから、飼育者は違法行為をしていたって事になるがな」
「飼育していた・・・のだと思う。彼は私の言葉を理解しているし、自分で判断して行動をしてもいる」

私達が患畜の話をしている間に、浦木は狼の傍らでゆっくりとその身体を労わる様に撫でていた。

「浦木。不用意に触らないほうが無難だと思うが?」
ガトーが眉間に皺を寄せて警告をする。
しかし、浦木はその言葉を耳の右から左へと流しているのか、一向に接触を絶とうとしない。
それどころか、意外な事を告げてきた。

「先生。この子、元気になるまで家で世話しちゃいけないですか?病院だとゲージに入れちゃうでしょ?そうするとこの子にとってストレスになると思うんですよね。だから」
「「駄目だ!」」

思わず口を突いて出た言葉がガトーと重なったが、含む意味合いは真逆だった。
ガトーは、危険性と、浦木が自分以外に手をかける事への不快感であり、私は彼を第三者に取られる不安感と離れたくないという感情からだった。

「彼は私が自宅へ連れて行く。恩人に不愉快な思いをさせたくはないのでね」
「おいっ!仮にも狼なんだぞ。檻に入れないで面倒みれるわけ無いだろうが」
「そうですよ。療養させないといけないのに、シャアさん宅で世話が出来るんですか?日中、一人で居る事になるんですよ?この子。可哀想じゃないですか」
「状態が落ち着くまで、有休を使う。ほとんど消費していないから余りまくっているからな。キシリアにも文句は言わせんよ」
「いや、そう言う問題では・・・」

ガトーの顔が困惑に顰められる。
奴の言わんとする所は充分理解しているのだが、どうしても彼と離れていたくない。
これは最早自分でも制御出来ない感情に囚われてしまっている故なのだ。

「点滴が必要な内は、こちらに受け取りに来る。食事が摂れる様になれば問題はないだろう?診察はガトーが往診に来てくれれば良い。往診時間を設けているじゃないか。その時に来てくれれば料金はしっかりと払うよ。飼育に必要な物品は、今からホームセンターへでも行って購入してくる。無ければネットで購入しても良いわけだし」
「貴様。専門家の意見に耳を傾ける気は無いのか?!危険だと言っているんだ。それが何故解らん」

ガトーは髪を掻き毟らんばかりにイラついて言ってくる。
それが私を心配しての事だと判るだけに、つい顔が綻んでしまった。途端に奴の眉間の皺が、クレバスの様に深くなった。
それが“何を笑ってる?”と言っていた。

「お前が私を心配して言ってくれているのだと言う事ぐらい、長い付き合いで理解しているよ。それでも私は彼と離れたくはないのだよ。何故なのかは判らない。だが、私は彼と共に暮らしたいんだ。どうしても彼と離れたくなかったのだ。そうでなければ、あの山奥からここまで連れて来るなんて事、するわけが無い」
「貴様と言う奴は・・・・・・」

ガトーが額に手を当てて呆れたように溜息をつく。

その瞬間結論は出た。

浦木が私達を交互に見て、得られた結果に項垂れる。

「浦木君もガトーの往診に同行すれば、彼に会えるよ。毎日でもおいで。会わせてあげるから」
私がそう言って浦木の黒髪を撫ぜると、ガトーは渋い顔をし、浦木は嬉しそうに表情を明るくした。

こうして私は自宅で彼と ― 名前をアイン (ドイツ語で1)と名付け ―暮らし始めたのだった。

2009/04/12
作品名:月の出を待って 前編 作家名:まお