月の出を待って 前編
7
私が再び出社するようになって7日目にアインの足の固定が外された。
完治以前から、治ったら元の場所へ戻したらどうだと再三ガトーに言われたが、私は仕事が滞っているのを理由になかなか行動を起こさなかった。
言っても聞き入れない私に呆れたのか、ならばせめて社会通念に法って首輪位着けろと言い、彼は緑色の皮製の首輪をアインに着けた。
当初は鬱陶しそうに後足で掻いていたアインだったが、数日後には慣れたのかそのままでいた。
私はアインの赤茶色の毛並みに緑の首輪は似合っていると思っても、それが自分の着けた物ではない事に不愉快を感じていた。
だから、社で扱っている海外のアクセサリーブランドに依頼をし、ゴールドのチェーンにアインの名前を模ったプレートを入れたチョーカーを作らせ、それをアインの首に着けた。
ゴールドと緑の二色を首に着けたアインは、どこか高貴な雰囲気を漂わせた。
「綺麗だよ、アイン」
私は彼の首に両腕を回して抱き寄せると、毛並みをわしわしと梳いた。するとアインが一つ溜息をついた。
まるで、しょうがないなぁと言わんばかりに・・・。
そう
私のアインに対する独占欲は衰えるけぶらいも見せないどころか、日に日に強いものになっているのだ。
定時退社が仕事の内容的に難しくなってきても、私は残業が終わるなり何処へも寄らず帰宅していた。
仲間や部下に、最近付き合いが悪くなったと言われたが、何をどう思われようとアインと共に過ごす時が一番落ち着き満たされるのだ。
夕食と入浴を共にし、ナイトキャップを傾けながらアインを相手に取り留めのない話をする。
このひと時が今まで付き合ってきた女性達と過ごした時以上に私を幸福にし、明日からの英気を養ってくれるのだ。
こうして共に過ごした20日目の夜
本部と日本支社との連絡で部下がミスを犯した為に、私の帰宅は日付けを越えてしまった。
「アインはきっと凄くおなかを空かせているだろう」
私はすまない気持ちで一杯になりながら玄関のロックを開けると、明かりも点けずリビングに飛び込んだ。
暗くなると自動で点灯する間接照明がやさしくリビングを包んでいる。
待たせたねアイン、と言おうとした私の舌は、すんでの所で強張った。
リビングのソファーに裸の青年が横たわっていたのだ。
誰だ?! と私は叫びそうになりながらも、アインを探した。しかし、彼の姿はリビングのベッドに無かった。
私は慌てて他の部屋を覗き込んだが、アインの姿は無い。
“どういうことなのだ!”
青年を問い詰めようとリビングに取って返し、彼を叩き起こそうとソファーの背もたれ側から近付き、肩に手をかけようとした瞬間
私は自分の見ているものが信じられなかった。
青年の首に、ゴールドと緑、二色の首輪が嵌っているのだ。
「うそ・・・・・・だろう?」
私は呆然としたまま呟いた。
その声にか、気配が煩かったのか、青年の睫が震えて目蓋が上げられる。
現れた瞳はカッパーアイ
窓からの月光と室内の間接照明がその瞳を煌めかせる。
「あ・・・・・・ア・・・イン?」
私が掠れた声で名を呼ぶと、彼がムクリと上半身を起こし、私の眼前に顔を寄せてペロリと頬を舐めた。
そして私の顔を覗き込んだ次の瞬間、私の瞳に映り込んだ自分の姿を認識した彼が、ビクリッと飛び跳ねた。
ドサッ!
彼の身体が床に転がり落ちた。
「アイン!」
私は慌ててソファーを回り込んで、彼の前に膝をついた。
「あ?えっ??おれ・・・人型??・・・・・・戻った、のか?」
尻餅をついたまま、彼は自分の手を見て驚いていた。
「そう、だね。人間だよ。今の君は」
私は彼の疑問附に返事を返すと、「君はアイン、なんだろう?」と確認する様に彼の頬に手を添えた。
ビクッと彼の顔が上げられ、私に向けられる。
赤茶色の巻き毛、印象的なカッパーアイ
“間違いない。彼はアインだ”
私は確信した。
彼の顔は困惑に歪んだ。
どう言ったら良いのかと言葉を探しているのが手にとるように分かる。
私の方が驚愕から復活するのが早かった。
「とにかく、そんな恰好でいられるのは目の毒だ。羽織るものを持ってくるから待っていなさい」
私はアインの頭をいつもするようにくしゃくしゃと掻き混ぜると、クローゼットへと足を向けた。
長い夜が始まった
2009/04/28
作品名:月の出を待って 前編 作家名:まお