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藤ノ宮 綾音
藤ノ宮 綾音
novelistID. 27764
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emotional 03

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 知らなかった。
 まったく気がつかなかった。

 自分の気持ちに精一杯で、アイツがそうな風に思っている事、考えている事、それに俺はまったく気がつけなかった。

 他人の事を考える余裕がなかった。

 泣くなよ、俺はお前が泣くとどうしたらいいのかわからなくなる。
 頼むから、そんな風に泣いて俺を見るな。

 抑えられなくなる。


     emotional  ACT,03



 国松との電話を切ってからどれくらい時間が過ぎただろう。
 ただボーッと部屋の壁を見ていた。
 気分は未だにスッキリしない。

 室内にある時計の針は、何時の間にか午後七時を指していた。
 国松の言葉ではないが、せっかくの休日を寝てボーッと過ごしただけになってしまった。
 気分を変えよう。

 そっと自室を出て飲み物を取りにキッチンへと向かう。
 冷蔵庫の中からよく冷えた麦茶を取り出しコップに入れて、ゴクッと喉を鳴らし一気に飲む。
 空になったコップを流し台に置いた所である事に気がつく。

 家の中がやけに静かだ。
 この家にはまだもう一人、自分以外の人間、つまり弟の駆がいる筈なのに。

 まるでココにいるのが自分だけかのように物音一つしない。
 再度視線を壁にかけられている時計へと向ける、七時過ぎている。
 こんな時間に家にいないなんて。
 急に不安になった。

 自分が眠っている間に友達の家へでも遊びに行っただけなのかもしれない。
 だが、それなら知らせるに来る筈だ。
 駆とは違い、眠りがそんなに深くない方である俺が知らせに来た駆に気がつかない筈がない。

 ならば、どういうことだ?

 駆は俺に何も告げずに出かけたということだろうか?

 否、駆はそんなことをするタイプではない。

 ドンドン不安になっていく。
 急いで自室にある携帯を取りに行こうとしたその時だった。

 ガタッ

 物音がリビングのソファからして思わず足を止める。
 視線を音がした方へと向ける。
 ゆっくりと音がした方へと歩いていけば、ソファで眠っている駆がそこにいた。

 ホッとした。
 緊張していた身体から力が抜ける。
 そこに駆がいる、胸を締めていた不安が消えていく。

 
 「駆……そんな所で寝てると風邪をひくぞ」
 「んー……」
 「駆、ほら起きろ」
 「んんー……にいちゃん」
 「ッ!」

 そっと駆の肩を揺すり起こした時、ハッとする。
 無防備にシャツがたくし上げられチラつくわき腹。
 まだ寝ぼけた様子で閉じていた大きな瞳が、視点が定まらないのかゆっくりと俺に向けられる。

 ドクンッ。

 ヤバイ。

 「ッ」

 息を呑む。
 うまく呼吸ができない。

 「にいちゃん?」

 駆の言葉に身体が固まる。
 喉が酷く渇いたような感覚。
 全身を駆け抜ける熱いモノ。

 駄目だ。
 離れろ、やめろ。
 これ以上は、押さえられない。


 「にい」
 「ッ!」

 パシンッ。

 伸ばされた手を叩き落とす音がやけに大きく室内に響いた。
 駆の瞳が大きく見開かれこちらを凝視する。
 そんな姿にさえ、俺は……。

 「へっ部屋に」
 「えっ?」
 「部屋に戻る、夕飯は適当に食べとけ。俺は後でコンビニでも行くから気にするな」
 「兄ちゃん」
 「火だけは気をつけろ、それじゃあ」
 「ちょっ、待っ」

 その時だった。
 
 ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!!!!

 思わずビクッとする程の爆音が外から響く。
 窓ガラスが揺れる程の音。
 激しい雨、一瞬の閃光の後、室内は暗闇に包まれる。


作品名:emotional 03 作家名:藤ノ宮 綾音