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比翼連理 〜 緋天滄溟 〜

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15. 指輪



「今度は何を企んでいる?ティターンの残り火よ」
「さぁ…ね?きみが知ることではないよ、死神。この場所を嗅ぎつけたということは……ふうん……そういうことか。ハーデスの忠実なる下僕でありながら不憫だな。片割れのように冥界の檻の中で大人しく、留守番したかっただろうに」
 柔らかな笑みを口元に浮かべながらも、眼光の鋭さは一時も緩むことはないヘリオスにタナトスは侮蔑を含んだ眼差しを向けながら、口端を吊り上げた。
「―――ふん。忠実であればこそ、この場所を探り当てたまでだ。おまえこそ、残り火ならば残り火らしく、吹き消されぬように大人しく小さな火を灯しておけばよいものを」
 横たわるシャカをタナトスは表情ひとつ変える事無く見つめると、ゆっくりとヘリオスに視線を移した。
「いまだハーデスの呪縛から解き放たれていない愚か者に言われる筋合いはないね。その額に刻まれた聖なる印。君は知っているかい?真実の所有者が誰であるかを……何たる皮肉だろうね?それに噂が確かなら、東方の聖者の生まれ変わりというシャカの掌にも蓮の花弁……五芒星が隠されているんだろうね……きっと」
 ヘリオスはシャカの血の気の失せた白い手を取り、その掌を見つめた。まるでそのままシャカの掌に口づけでもしそうな優雅な雰囲気に胸底から嘔気ともいえる感覚が湧き上がるタナトスである。
「何が言いたい?」
「―――憐れだね……ってことさ」
 シャカの手を元の位置へ戻し、うっすらと笑いを浮かべたヘリオス。サワサワと不快なほどに爽やかな風がタナトスの周囲を通り過ぎていった。
「なんだと?」
「可哀想に。二重の鎖に繋がれて、もがき苦しんで。断ち切ることもできない。なんて恐ろしく、残酷な主だろう。君が捻くれるのも無理のないことだ」
「知ったような口をぬけぬけと―――」
 顔を僅かに歪め、ざわりと全身を総毛立たせるタナトスをヘリオスは憐れむような瞳で見つめるとようやくシャカの元から離れた。
 ゆっくりと間合いを計りながらタナトスへと近づく。
「まぁ、いいさ。君のことなんてどうでもね。どの道、君たちの正義と僕の正義は相容れぬものだから。ところで、タナトス。余計なお節介かもしれないけれど、君がここにいるという状況は君にとって非常にまずいことじゃないのかい?」
「―――よくしゃべる男だな。フン、俺がどこにいようと俺の勝手だ。貴様に言われる筋合いはない」
「冥王を第一に思っているのに?だったら、こんなところで油を売ってないで冥王の元へ飛ぶべきだったと思うよ」
「その人間を貰ってからだ」
 ぱきりとヘリオスが踏み締めた小枝の音はタナトスが手を伸ばせば届くほどの位置で響いた。陽光を纏う髪が軽やかに微風に揺れる様をタナトスは見据えた。
「さて、どうしようか……君が冥王の歯車として動くのならば、渡すべきではないと思うんだけれど。今の冥王にとって、大切なのは彼ではないだろうからね」
 歩みを止めたヘリオスに代わって今度はタナトスが一歩、また一歩と進む。
「おかしなことを言う。ハーデスさまにとって大切なものは今も昔も変わりはない。深く濃い芳醇な闇の世界以外に大切なものなど、何一つないのだからな」
 ぴたりと僅かの距離を置いて真横に並んだタナトスを不思議そうにヘリオスは眺めた。
「ならば何故、シャカを必要とするのさ?」
「より深く、より濃く、より強い闇を生み出すため。ただ、それだけ」
 二神の間を吹き抜けようとした風は、その隙間に生じた厚い壁によって遮られ、仕方なさそうに近くの梢を小さく揺らした。
「単純明快、だな」
 皮肉をたっぷり含めた笑顔を返したヘリオスは疲弊したようにそっと瞳を閉じた。沈黙したヘリオスを怪訝そうに眺めていたタナトスは訪れた変化の兆しを感じ取り、顔を歪めた。
「貴様、それは―――どういうことだ?」
「ああ、これ?タイムリミット、ということだろうね。意外と早かったな……もう少し、時間はあるだろうと思ってたんだけど」
 己の手をじっと見つめるヘリオス。
 まるで、氷像が日の光によって温められ、溶け出していくかのように、指先の肉が溶け、ボタリと大地に落ちた。絶句するタナトスに自嘲的な笑いを浮かべながら、淡々とヘリオスは言葉を紡いだ。
「これは腐敗……さ。珍しい?神体が腐敗する姿を目の当たりにする機会なんて、滅多に見られない珍事だものね。これはね、ゼウスの手から逃れた罰。いや、ゼウスの下に彼を連れて戻らなかった裏切りへの嬉しくもないご褒美」
 削げ落ちていく肉片を何の感慨もなさそうにみえる瞳で観察しながら、説明するヘリオスをタナトスは真一文字に口を結んだまま、見据えた。
「真実の炎が世界の嘘を焼き尽くすその瞬間を目撃したかったな……残念だ。ねぇ、タナトス、君がいま、この時、この瞬間、この場所に訪れたのも縁あってのことだろう。君もそう感じているんじゃないかい?」
何を云わんとしているのか、ヘリオスの顔に書いてあった。冗談ではないとタナトスは目を剥いた。
「戯言を……!?」
 不意に右手に感じた違和感。ぎょっとしたようにタナトスは己の右手を凝視すると、グローブの下で不気味に輝くその存在を嫌がり、動揺をあからさまに示した。
「―――もう遅い。ステュクスの指輪はそのとおり、君の指に嵌っちゃったし。何を為すべきかは、その指輪が教えてくれるだろう……三重の枷に繋がれて雁字搦め。憐れなこと限りなしだけれど。可哀想な死神よ、おめでとう。君はプロメテウスに赦された。せいぜい頑張りたまえ」
 呪いの如くの祝福の言葉を贈りながら、霞のように姿を消していくヘリオスを追うようにタナトスは叫んだ。
「このっ、ふざけた真似を!これを外せっ!!おい、どこへ行く!?逃げるか!?」
「―――我が最愛の友を打ち砕いた者のもとに。曇った瞳に、この朽ち果ててゆく姿を見せつけてやるのさ」