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変わらないもの変わるもの

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ぱちん、ぱちんと小気味良い音が部屋に響く。
「案外、伸びてるモンだなぁ」
 感心した蒼葉の言葉に蓮は頷き、項垂れた。蒼葉は背後から自分を抱きしめている蓮の、しょんぼりとした気配に苦笑する。
「そんな落ち込むなって」
「……蒼葉を傷付けてしまった。反省はしなければならない」
「傷って、大袈裟だな。たいしたことねーって。別に血も出てないし」
「しかし」
「蓮、いいから。気付かなかった俺も悪いんだし。つーか俺だってお前を傷付けたんだから、相子だろ」
「……わかった」
 渋々といった具合に頷く蓮に、蒼葉は口許でだけ笑む。
 そもそも、蓮の爪が伸びていることに気付いたのは、情事の後。ふと自分の体を見ると、みみず腫があちこちにあるのに気付いた。原因が何かよくわからなかったため内心で首を傾げたが、ふと蓮の背中が視界に入って仰天した。明らかな爪痕がくっきりと、いくつか作られていたのだ。
 それで慌てて自分の爪と蓮の爪を確認し、伸びていたのをを発見して――今に至る。
 蓮が入院していた時には看護師に切ってもらっていたのだろう、蓮も自分の爪が伸びていることは自覚していなかった。それでなくとも、蓮の爪はともかく、自分の爪くらいもっと早く気付いても良さそうなものを。
 蓮の背中にくっきり残された四本の爪痕を思い返すと、自己嫌悪が押し寄せる。
 今、蓮の爪を切っているのは、その罪滅ぼしというわけでもないけれど。
 右手に続き、左手も切り揃え、ついでに足の爪も切って簡単にやすりをかければ終わりだ。
「はい、終了ー」
「ありがとう」
「どういたしまして。……ん?」
 手にしていた爪切りを、蓮に取り上げられる。
「どした?」
「蒼葉も、爪を切るのだろう」
「ああ、うん。勿論そのつもりだけど」
「俺が、切ってもいいか? 要領は、今覚えた」
「えっ」
 思わず振り返って蓮を見上げる。いたって真剣な眼差しが蒼葉を見つめていた。
「そりゃ、構わないけど……」
「そうか」
 先程までより声と表情が明るくなった蓮を見ると、蒼葉の気持ちも軽くなる。とはいえ、蓮は爪切り未経験者だ。不安がないわけではない。
 けれど、蓮がやりたいと言うなら。やらせて、勉強させるのもいいだろう。少しずつ色々なことを覚えていけば良い。
 そんなおおらかな気持ちで任せた爪切りだったが、
「……上手いな」
 思わず呟く。
「そうか?」
「うん。もしかすると俺より上手いんじゃね?」
「蒼葉の切り方が良かったからだろう」
 さりげなく嬉しいことを言ってのけ、はちん、と爪を切る。
 蒼葉の手を取っている蓮の手は、脳内世界にいた時より細い。それでも現実に再会した時よりはだいぶマシになった。そのことが純粋に嬉しいとも思う。
 そういえば、気のせいかもしれないがセイの面影もだいぶ薄れてきた。セイの体が、蓮に合わせて成長しているのかもしれない。そんなことが可能なのかどうかわからないけれど、既にありえないことを体現しているのだから、まったくないとは言い切れない。
 初めは恐る恐るという感じに切っていた蓮だが、足の爪まで切る頃にはリズミカルに爪切りを鳴らしていた。見よう見まねでやすりまでかけてくれたのは、少しくすぐったかったけれど。
「……終わりだ」
「ありがとう」
「こちらこそ」
 蓮がまだオールメイトだった時にも同じやりとりをした。その時も、今みたいに額を合わせて。
 思い出してくすくすと笑う蒼葉を、蓮が不思議そうに見つめる。
「蒼葉?」
「蓮は変わらないな」
「そうだろうか」
 変化がまったくないわけではない。外見がそうだ。だが内面にしても、まったく変わらないわけではない。
 変わらない部分もある。
 それが、嬉しい。
 いつまでも変わらないものなんてないから、当然だ。
 蓮に話すと、頷いて「だが、」
「変わらないものも、あると思う」
「例えば?」
「そうだな、例えば、俺が蒼葉を誰にも渡したくないという気持ちは、変わっていない」
「…………」
 思わず撃沈。
「蒼葉……?」
 心配と不安がないまぜになった声音。変なことを言ったわけではないと安心させるように、腹のあたりで緩く組まれた蓮の手をぽんぽんと撫でる。
 ただ、己の顔があかくなっているであろう自覚はあったので、顔を覗き込もうとする蓮から逃れるように逸らしていた。