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ネメシスの微睡み~接吻~微笑

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ネメシスの微笑 3 



「――アリエスのムウ。相も変わらずといったところか。して、シャカよ。あの男と会ってみて、どうであったか」

 ジャミールから帰還してすぐに教皇の間へと向かった。ムウから預かった書状を教皇の手に渡して貰うよう、従者に告げて立ち去る予定だったが、直接報告を受けたいとの教皇の言葉に否とも云えず、教皇の前で跪いていた。

「樹海のような男だと思いました」

 率直な意見を述べる。ムウは原生林に覆われた深く果てない樹海のように思慮深く、容赦ない力を持ちながらも鬱蒼と繁る枝葉にその実力を隠す。そして木々に蔓延る蔦のように絡め取る言葉で人を惑わす、とても厄介で危険な人物だと刻み込んだ。

「面白い喩えだ」

 くっくっと仮面の奥で教皇が愉快そうに笑いながら教皇が私を招き寄せた。促されるままに玉座へと進むと、手が伸ばされ、頭頂にそっと置かれた。数度撫でた掌のぬくもりを褒美として受け取る。
 サガの幻影を纏い私の心を捕縛する教皇も、ムウとまた同じく深い樹海のような人物だと思う。
 インドから聖域に戻った当初の頃に比べて、随分と教皇の印象が変わった。不名誉な負傷の一件から、それこそ人が変わったとしか思えないほど、教皇の態度が一変したのだ。
 正直、聖域に戻った頃は教皇の勅命を果たすにあたって、ムウが言ったように女神を頂点とし、その代行者である教皇、聖域という枠組みに対して使命感に満ちていたわけではなかった。サガのいない聖域は私にとって虚無な存在でしかなかったからだ。
 そんな想いが滲み出ていたのかもしれない。浅はかな想いに捕らわれた私を教皇が疎ましく思うのも無理からぬことだろう。結果、数々の試練を与えられたのではなかろうか。
 己の中で折り合いを上手くつけることなどできず、葛藤や矛盾に満ちた行動を取り続けた結果、負傷するという失態を演じた。そんな私をきっと教皇は不適格者としてバルゴを召し上げ、放逐するだろうと思っていた。しかし意外な方向へと事態は動いたのだった。
 教皇の中でどんな変化が生じたのかはわかりようもないこと。私とサガの縁を利用するための演技だとしても、私にすれば、教皇はサガの写し身のようにさえ思えた。深い傷が、濃い毒が、己を狂わせたのかもしれない。それでも葛藤や矛盾といった苦しみからは僅かにでも開放されたのである。己自身を騙す行為でしかなかったとしても。
 サガと教皇を重ね合わす事で、かろうじて精神の天秤が平行を保つ事ができた。けれどもムウと出会い、ムウの言葉を耳にしたことで、その天秤が大きく傾き始めていた。

「ひとつ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「何だ」

 仮面の奥のくぐもった声。いつか仮面越しではなく本来の声を聞きたいと願うが、それを口に出して願うことはなかった。

「教皇、あなたは女神の代行者。ならばその命は女神のためにあるのでしょう。私は黄金聖闘士。バルゴとして存在するのは女神のために盾となり剣となって闘うため……そうなのですよね」
「――古来より我らの存在はそうであったが。どうして今頃そのようなことを問う?」

 さもあらん――教皇にしてもやはり当然のことなのだろう。いや、教皇として聖域に君臨すればこそ、なおのことなのかもしれない。

「愚問でした」

 するりと教皇の手から身を抜け出して立ち上がり、深々と礼をする。何か言いたげな教皇を後に、私は自宮へと向かった。
 蓮を模したレリーフで装飾された門は固く閉ざされていたが、バルゴの囁きが合図となって静かに押し開かれていく。
 幾度も訪れた神聖な場所。武者震いするほど、恐ろしく研ぎ澄まされた空間。いつからなのか、なぜ在るのか……それを知る人間はいないのだろう。ただ、バルゴだけが秘密を知っているのか。
 美しい花々が咲き乱れているようにしか見えない園はいつの頃からか、死の床のような冷たさに満ちていた。真っ直ぐに伸びる沙羅の樹は双子のように対を成して緑葉に覆われている。いつか蕾をつけ、膨らみ、花咲くときが来るのだろうか。

「私には知らぬことが多過ぎるな」

 ムウのように、教皇のように女神を至高とし、この命を彼女に捧げる覚悟が芽生えた時、すべての謎が解けるのかもしれない。

「サガ、あなたも皆と同じなのでしょうか」

 知りたい。誰よりも聖域を愛していたであろう誇り高き聖闘士、サガの信念を。音もなく姿を消したのも、すべては女神のためなのだろうかと。
 今の私が抱く感情を知れば、きっと一笑に付されるだろう。私は女神の為に生きているわけではない。ましてや闘う道具になどなりたくはない。
 サガのためだけに――と思うこの気持ちは異端なのだろうか。許されないことなのだろうか。

「――教えて欲しい」

 まるでそう考える事すらも愚かだと嘲笑うように、バルゴの聖衣は冷えた輝きを放ち、枷のように重たさを増したのだった。