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ネメシスの微睡み~接吻~微笑

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ネメシスの微笑 4 



 夜も更けた頃、無人の双児宮へと降りた。ほぼ真円に近い月が零す青い光は聖域へと降り注ぎ、満たされ、ただ静寂の時だけが支配する。
 この双児宮で私は様々なことを識り、体験をした。人として生きるための術を深い愛情に包まれながら教えられたのだ。
 あの温かな時を得る事がなかったら、私は一体どんな化物になっていたのだろう。冷ややかな感触しか伝えてこない石柱を撫でながら、遠い記憶の欠片を繋ぎ合わせるように次の柱、次の柱と彷徨い歩いてはいつもの場所で立ちすくむ。
 優しい思い出があったはずの場所。今はただ冷たい壁となって立ちはだかり、その先を標すことはなかった。手を伸ばして指先で撫でるが、冷たい壁は記憶の在り処を覆い隠すだけだ。
 トンと肩を押し付けながら、脱力のままにずりずりとその場に崩れ落ちた。

 もしもあの時、別の未来を選択していたら……。

 今とは違い、サガはこの宮の守護者として在り続けたのだろうか。彼は行方をくらますこともなく、聖域にその雄々しい姿を留め置いたのだろうか。
 そして私は聖闘士ではなく、ただ人として眩しい彼の姿を見つめたのだろうか。遠く手の届かぬ存在として。
 それとも、近き者としてずっと傍にあれたのだろうか。
 今となってはわからないことだ。過去を巻き戻す事も出来ないのだから、愚かな問いでしかないのだろうけれども。
 第一、あの時、切り裂くようなサガの心の悲鳴を耳にしながら、躊躇することなくバルゴの胸に飛び込んだのは私自身なのだ。

「サガ……」

 いつだって思い出されるのは柔和な笑顔。覗き込む優しい瞳。親が子を慈しむような――とでもいえばいいのか。何物にも代え難い安心感がそこにあった。
 差し向けられた惜しみない愛情は父性のそれであろう。あの悲痛な叫びさえも。だから、私がサガを恋しく思うのは子が親を求めるような想いでしかない――そう思っていた。
 だが何時の頃からか、恐らくはこの肉体の成長とともに少しずつ、少しずつズレが生じ始めた。気がつけば誤摩化しの効かぬほどの大きなズレ。不可思議な感情の鎖に繋がれて、途方に暮れるばかりだ。どう処理してよいのか、わからぬままにどんどんと膨らみ続ける。

 声が涸れるほどサガの名を叫びたい。
 日溜まりのように柔らかなあの髪に触れたい。
 ゆっくりと
 ゆっくりと
 育った気持ち

 ぼやけた輪郭の感情の文字を明らかにしてくれる人、確かな答えを一番知っているはずの人からは教えを乞うことも叶わないままだろう。
 一枚一枚、枯れ散る花弁のようにこの想いが消え逝く日が来るのをただ待つしかないのか……。
 いっそ嵐のごとく吹き荒れた風によって、一瞬のうちにすべてが塵と化せばいいとさえ思った。

 だから、今日を最後にしよう。

 もう誰もいない双児宮をこの先、訪れたりはしないと心に決めた。