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ネメシスの微睡み~接吻~微笑

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ネメシスの微笑 7 



 義憤に駆られ、冷静さを欠いた状態で強者に挑んでも、結果は目に見えていた。サガと前教皇を倒したというほどの相手ならばなおのこと。聖衣の加護もないまま、争って容易に打ち破ることのできる相手ではなかった。
 対する教皇とて抜き身の刀のごとく挑まれれば、手加減などできなかったのだろう。結果、熾烈な争いとなった。

「終わりだ……シャカ」

 避ける術もなく、強烈な最後の一手を受けた。立っていることも叶わず、冷えた石床に身体を沈ませる。悲鳴のように全身は長く強い痛みを叫んでいたが、いつしか痛みを通り越して麻痺し、もはや指先すら動かすことなどできなかった。
 それでも、かろうじて意識を保っていることができたのは、偏に届くことのないサガへの想いからだ。

「我が正義に疑うことなく従い、聖域の規範となり、道具となれ」

 最後通牒のように宣告する教皇の姿はまるきりサガその人のように見えた。
 遠退きかける意識の隙間を縫うように、こんな時にまで教皇の姿形がサガと寸分違わず重なる幻を視る己があまりにも可笑しく、悲しいと思った。くすくすと小さく嗤う。それは次第に狂笑と呼べるほどに大きなものへと達した。

「あ…は…はははっ……!」
「何が可笑しい?何故に笑う?」

 訝しんだ教皇はぴたりと張り付いたようにその場から動かなかった。とても愚かなことだとはわかってはいたけれども、教皇にサガを重ねながら、私は恨み言を吐き出す。これが最後ならば、と。

「サガ、どうして、私を一人にした?」

 ぎしぎしと音を立てて崩れ落ちそうになる身体を寝返らせる。体温を容赦なく奪おうとする石畳に爪立て、這いつくばりながら、教皇の足下まで辿り着いた。
 びくりと一瞬小さく震え、立ち尽くしたままの教皇の裾を掴み、足に縋りつき、這い上がっていく。まるで命乞いするかのようなその様はどれほど惨めで情けない姿であったことだろう。
 それでも、歯を食いしばりながら、虚脱状態に陥ったほとんど力の入らない全身を叱咤しつつ、立ち上がろうともがく。

「どうして、斯様な者に命をくれてやった?なぜ、あの時、私に手を差し伸べた?なぜ、あの時私をそのまま捨ておかなかった?最初から、なかったはずの命。その私に命を与えたのはサガ……君だというのに」
「俺は教皇だ!サガではないっ!や…めろ……もう、やめろ!」

 狼狽えるように教皇は大きく頭を振った。それでも私はとぎれがちになる意識の中で呪詛のように言葉を放ち続けた。

「他の誰でもない、サガ、君なのだよ。私に命を吹き込んだのは。君に与えられた命を私は──粗末になどできはしなかった。全力で守ると私は決めたから。それなのに、君はもう──もう、いないのかっ!?」

 堰を切ったように溢れ出す感情の波に押し流される。こんな風に人間らしい感情さえもまたサガによって生まれたというのに。よじ登るようにして立ち上がり、教皇の顔へと、しとどに紅く血濡れた指先を伸ばし、冷たい仮面を撫でる。
 指先は確かに皮膚ではなく、仮面の存在を伝えてはいたけれども、今の私の双眸には硬く口を引き結び、深々と眉間に皺を刻む、ともすれば涙すら浮かんでいるように見える苦悩のサガの表情にしか映らなかった。
 己の慕情が見せる幻影なのか、それとも教皇が見せる幻惑なのか。その判断さえつかないまま吐露し続ける。

「君とともに歩みたくて、バルゴとなる道を選んだというのに。ああ、サガ。君のいない世界など私には……必要ない。意味がない。いや、違う。許せない。君を蔑ろにする世界など、断じて私は許したりはしない。この世界が君の存在をなかったものとするのならば……」
「もうやめろ、シャカ!これ以上、惑わすな。深い感情の渦に引き摺り込むな……っ」

 戦慄さえも催し始めた教皇。身を預けるような状態となった力なき私をそれでも強引に引き剥がそうとはしなかった。むしろ、力が抜け、滑り落ちていこうとする手は強く掴まれ、崩れ落ちるばかりの身体は引き寄せられ、抱き締められていた。
 力を振り絞るようにして、指を伸ばす。冷たい仮面の口唇を指先で辿りながら、囁き続ける。内なる小宇宙を限界にまで高めながら。

「ずっと……わからなかったけれども。今、はっきりとわかった。サガ、君への想いの正体を。そして私は何を成すべき者なのかということを。そう、私は君の願う奇蹟を叶える為だけに生まれた。でも、もう君はいないというならば私は――この世界に復讐するためだけの存在となろう」

 最後の力を振り絞り、限界まで高めた小宇宙を開放しながら教皇の仮面へと重ねた口唇。それは、さながら死者への口づけのような冷たさを伝えていた。