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生まれ変わってもきっと・・・(完結)

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★16. 悪戯な精霊

エリオットの話の途中で、屋敷内が騒がしくなる。双子はまだ戻って来ていない。嫌な予感がする。エリオットは席を立ちダイニングを出て行く。アリスも後に続いた。
幾つかの角を曲がり、急に前を行くエリオットが立ち止まる。横から覗くと兵士と側近に前後を挟まれてペーターとブラッドが歩いて行く。廊下の両側は、屋敷の構成員がずらりと並んでいた。

「随分と物々しいわね。平和的な話し合いなんでしょう?」
「念の為ってとこさ。あいつが一人で来ればこんな面倒くせえことになんねーのにな。」

先刻の彼のぼやきはこういう事かと納得した。

「それにしても、意外と早く終わったわね。」
「ん?ああ・・・ 白ウサギとの交渉は慎重に進めねえと危ないんだ。あいつの悪知恵は半端じゃねぇからな。」

悪知恵ならきっとお互い様なのではないのだろうかと思ったが、黙って聞いておく。
アリスが見た、ゴーランドとエリオットの交渉の時とは全く違う空気に驚きながら、ペーターが時計塔で言った言葉を思い出す。不毛で馬鹿馬鹿しい事だと彼は言っていた。あの言葉には珍しく感情が籠もっていたと感じた。だからこそ、その言葉と、この仰々しさに違和感を覚えたのかもしれない。
最後尾が通り過ぎた後に、エリオットが歩き出す。アリスも何となく、兵士の通った後に間隔を開けてエリオットと一緒に付いて行く。

「ドンパチやるかもしれねーから戻ってろ。」
「何よ、平和的話し合いじゃないの?」
「あっちから仕掛けてくるかもしれねーだろ。」

アリスはエリオットから離れ、庭から一団を見送る。門を出る間際で一度止まった集団は、その後揉め事も起こさずに領地外へ去って行った。あの人数で揉め事が起これば大変なことになる。良かったと胸を撫で下ろした時だった。

ブワッ

強く巻き上げるような風が吹いた。木々の枝が強く揺り動かされザワザワと音がする。領地内の彼方此方で、ハートの城の一団を送り出す為に出て来ていた構成員からキャッ、ウワッと声が上がる。こんな強風は、アリスがこの世界に来て初めて経験する。久々に体験する強い風に、自分のワンピースを両手で押さえ目を瞑る。風が通り過ぎて目を開けると、黒いものが転がってきている。生き物のように転がり続ける物体に、何だろうと追いかけて拾い上げれば、ブラッドの帽子だった。
アリスは噴き出す。あの男が帽子を風に巻き上げられて慌てふためく顔を想像したからだ。

「私の帽子がそんなに可笑しいのかな?」

帽子の持ち主が声をかけてくる。彼の肩越しにエリオットが此方に向かってくるのも見えた。

「帽子が可笑しいわけじゃないわ。帽子を飛ばされた時の貴方の顔を想像したら笑えたの。」
「それはまた、悪趣味な。」

帽子の表面に付いた細かい草の切れ端を取って、持ち主に返す。受け取りながら彼は、どうもと言った。
アリスは小さな頃に言われたことを思い出して言ってみる。

「ブラッド、貴方、風の精に悪戯されたのよ? ふふ・・」
「ん?」
「人に意地悪ばかりしているから、風の精に帽子を飛ばされたのよ。」
「・・私が何時、意地悪をしたというんだ。そんな詰まらない誤解で帽子を飛ばされるなど心外だな。」

彼は被った帽子の位置を微妙に調整少しながら、おどけた表情でアリスを見た。今ブラッドの瞳に映るアリスの方が、余程意地悪をしそうな顔をしていると思いながら。

「シルフが男性、シルフィードが女性の姿をしているのですって。両方とも凄い美形らしいわ。」
「ほう、それでは先刻の私の帽子はシルフィードが悪戯したのかもしれないな。」

アリスは笑いながら、否定する。

「ふふ・・意地悪した時はシルフ。焼きもちを妬かれた時はシルフィードなの。だからブラッドの帽子を飛ばしたのはシルフよ。女性の帽子ならその逆よ。」
「なんだ、詰まらん。例え精霊でも、男などごめんだ。」
「ほら、そんな事言ってるとまた帽子を取られるわよ?」

ブラッドは帽子の鍔に思わず手を伸ばす。アリスがくすくすと笑うと、そっぽを向きながらバツが悪そうな顔をした。

「では君から言っておいてくれ、ブラッド=デュプレは意地悪ではありません。誤解ですとな。」
「嫌よ! 貴方は酷く意地悪な人ですって言っておくわ。本当、自覚が無いって最悪よね。さっき、私を使ってペーターに嫌がらせしてたわよね。きっと風の精はその事を怒っていたのよ。」
「お嬢さん、あれは意地悪ではないぞ。」
「あれが意地悪じゃなくて、何だって言うのよ。」

「あの・・・取り込み中悪いんだけどよ、座ってお茶でも飲まねえか?」

雲行きが怪しいことに気を遣って口出ししたエリオットは、二人に睨まれる。

「黙ってて! エリオット。」
「そうだ、お前は黙っていろ。」

(ブラッドとアリスって本当に仲が良いのか? 俺、なんか自信無くなってきた・・)
エリオットは長い耳をくたりと折り曲げて、ブラッドの後ろからハラハラしながら会話の流れを見守っていた。

「だいたい、架空の精霊の話などくだらない。居もしない者が、私の帽子を飛ばせるわけがないだろう。」
「そうね、シルフィードは絶世の美女だって話だから、貴方に捕まったら大変なことになりそうよね。架空の存在で良かったわ。」
「そんな、耳の尖った赤い眼の化け物など、私の趣味ではないぞ。」

精霊の特徴を知っている事を意外に思いながらも、アリスも負けてはいない。むきになって言い返す。

「あのね、白いドレスを着て、長い銀色の髪なのよ。とっても美人なのよ。眼だって赤とは限らないじゃ・・・」

突然、口を大きな手で覆われた。グイと持ち上げられて周りの景色が動き出す。

「ブラッド!! お、俺、アリスと大事な用事があったんだ。忘れてた!!」

走り出しながら、後方に立つブラッドに言葉を投げる。確か以前に来た時もこんなことがあったと思いながら、アリスはエリオットとの用事って何だったかと考えていた。




「あのさ、風の精の話は止めてくれ。俺、死ぬかと思ったぜ。」

エリオットは珍しく息を切らせていた。庭の隅の林の辺りで下ろされて、暫くは話も出来ないほどになっている男を見て、アリスはきょとんとしている。当然のことながら、何故? と訊く。
まさかアリスの話していた架空の風の精の姿が、ブラッドの昔の想い人の特徴と酷似しているとも言えず、言葉に詰まった。荒れていた頃のブラッドを知るからこそ、わかる恐怖もある。彼は顔の表情も心の表情も読み難い。不味い話題には極力触れないことが一番なのだ。これに尽きるといって良い。

「何でもいいからさ。それと、建築の写真集、この間見たって言ってたろ? あれも絶対禁止な。」
「だから、何故?」
「理由は何だっていいだろ? とにかく地雷なんだよ。そこは踏むな!いいな。解ったか?」

エリオットの手が、アリスの頭に置かれた。無理矢理首を立てに振らされて、彼は一人、よし!と言っている。何のことだかさっぱりわからないが、地雷だというからには触れては駄目なのだろう。