雪割草
〈33〉奈良の都
紀州に向かうにはちょっと回り道になるが、奈良へ向かった。
「大きいですね!奈良の大仏。」
「ご隠居、鎌倉の大仏とどっちが大きいんですか?」
「助さん、どちらかな?」
「奈良です。しかし、鎌倉のに比べ、こちらは何回も修復しているので、あちらより古いとは一概に言えませんね。」
「良くできたの。」
「…ご隠居ってさぁ、なんかああやって俺の知識を試そうとしてるんだよな。信用されてないのかな?」
「…ちゃんと答えられるからいいじゃないか。なぁ、助さん、大仏殿はどうして鎌倉にはないんだ?こっちは修理してるのに。」
ちょうど、東大寺の大仏殿の修復中だった。
上様はこの為の寄進を、ご隠居に頼んだのか。
「さぁな。めんどいからじゃないか?あっちは海に近いから、津波で倒されるだろ?」
「そうか?いい加減な憶測だな。」
「…こんな建物作るより、国をもっとよくするために金を使えってんだ。そう思わんか?」
「確かに、荒れ地の開墾か新田開発した方がよっぽどいい。」
「だろ?大仏さまに救ってもらって極楽浄土に将来行くことより、食べること先に考えないといかん。」
「おいらも、食べる方がいいなぁ。」
「またか…。もう腹減ったとかいうなよ。」
「減ってますよ。たいてい空腹なんで。」
「よくそれで太らないな。うらやましい。」
参拝と寄進を終え、一行はぶらぶらと歩いていた。
「格さん、お前が見たかった鹿いっぱいいるぞ。」
「本当だ!」
シカせんべいを買い、分け与えた。
「ちゃんとお辞儀するんだな。あっ、赤ちゃんいる!可愛いなぁ。」
早苗が喜んで鹿と戯れている様子を助三郎はじっと見ていた。
意味ありげな表情をしている彼に由紀は声をかけた。
「どうしました?助さん。」
「いや、早苗って動物大好きだったろ?
今居たら格さんみたいに大喜びするんじゃないかなって。」
由紀はちょっとからかいたくなった。
「あっ、寂しいんだ!」
「違う!」
ムキになっている様子が目に見える。
早苗に負けず劣らず頑固だわ。
「図星ですよ。顔に出てますから。」
「…」
早苗も我慢してるけど、助さんも我慢してるんだ。
二人ともかわいそう。わたしは後数日で紀州に着いたら与兵衛さまに会えるけど、
この二人はよっぽどのことがない限り、水戸まで無理。
どうにかならないのかな?
「無理はしない方がいいですよ。」
「無理なんかしてない。俺はいつもどおりだ。」
「へぇ。そうですか。ねぇ!格さん!わたしもせんべいやりたい!」
「もうせんべいないぞ。他の人にもらえ。じゃあな。」
念願だった鹿を見ることができて早苗は大満足だった。
日頃のモヤモヤとした悩み事も少し発散できた。
「まだついてくる。可愛いな。」
「本当、動物が好きなんだな。」
「可愛いからな!正直で真面目だし。」
「格さんは、女より動物か。」
「おいらは食べ物がいい!でも、シカせんべいっておいしくなかったですね。」
「え?お前食ったのか?」
「かじっただけですよ。あと全部鹿にやったから。あんなものよく食べられるなぁ。」
「ハハハ。腹こわすなよ。…あ、雨降ってきた。」
「本当だ。本降りになるかな?」
予想通り雨が激しく降ってきたので雨宿りをした。
「お銀、弥七ってこんなに大雨でも平気なのか?」
「ええ。もちろん。風邪なんか引かないわ。」
「へぇ。忍びって強いんだな。」
わたしはそこまで強くない。風邪もひくし、歩きすぎると足が痛くなる。
やっぱり血が薄くなってるのかな。
「弱かったら商売にならないわ。だから小さいころから鍛えるの。」
そうか、鍛えてないからダメなのか。
最近あまり鍛練してないからちゃんとやらないと。
なかなか雨はやまなかった。
ただ時間が過ぎていく状況に耐えかねて助三郎が申し出た。
「ご隠居、宿取ってきます。ずっとここにいたら宿がなくなります。」
「濡れるぞ。止んでからにした方が…。」
「いつ止むか分からん。ひとっ走り行ってくる。」
しばらくすると雨が弱まってきた。
「やみましたね、助さんもうちょっと待てばよかったのに。」
「ご隠居、宿がやはりうまっていたので、ここの近くの民家に泊めてもらうことになりました。」
「御苦労。ずいぶん濡れておるな。大丈夫か?」
「はい。なんともありませんよ、これくらいは。」
今日泊まらせてもらう民家は結構大きかった。
こんなに大人数じゃ普通の家は泊めてくれない。
年配の女の人と、わたしと同じ年ぐらいの女の人がいた
「大変でしたね。雨がひどくて。」
「ささ、おあがりください。」
やっぱり助三郎さまはこの若い女の人に目が眩んだのか。
情けない。
しかしすぐに若い男が出てきた。
どうやらこの女の人の旦那さんらしかった。
良かった、とりこし苦労か…。
「たいそう濡れてますね、着替えがあるのでどうぞ、お使いください。」
みじめなくらい助三郎は濡れていた。
ぽたぽた水が滴っていた。
その様子をじっと見ていた早苗に気づき助三郎は一言。
「どうだ?俺?」
「…濡れネズミだな。」
「いや、水も滴る良い男…。」
「確かにそうかも。…なこと言ってないで早く着替えろ。風邪引くぞ。」
「大丈夫…ヘックション!」
「ほらみろ。冷えたんじゃないか?早く着替え…って、いきなり脱ぐな!」
「だって着替えろって…」
女がいっぱいいる中でいきなり脱いだ。
目のやり場に困るようでみなうろたえていた。
「人の目の前で、家の玄関で脱ぐバカがどこにいる!これだから男は…」
「また、変な事言ってるな。」
「とにかく、隅で着換えるんだぞ!じゃあな!」
助三郎一人を残して、先に家に上げてもらった。
「変なヤツ…ヘックション!」