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【8/19】英独本サンプル【SCC関西18】

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「…マスター、会計を」
無言のまま手渡された領収書の、百九十ポンドの文字を指先で辿る。そうして五十ポンドを四枚手渡して、釣りは結構だと言い置いた。マスターが身体を折って頭を下げるのを、横目で流す。
「おい、立てるか」
一拍ほど置いて、ルートヴィッヒがこくりと頷いた。頷く、というより、ひとりでに首が落ちた、というのに近いくらいである。バーテンダーから手渡されたジャケットを肩に引っかけて、ルートヴィッヒの腕を引く。意識は混濁していないようだが、やはりその足元はよたよたとおぼつかないようすである。
男をひきずってバーを抜ければ、やはり外は生ぬるい空気と倦怠感、喧騒に包まれている。前髪が汗で額にはりつくのをわずらわしく思いながら、器用に裏道を進んでゆく。人気がないのはありがたかった。足元のよたつく大きな男をささえてあの喧騒を抜けるのは、いささかはばかられるので。男はやはり、ほとんど抱えられるようなかたちで、ずるずると足をひきずっている。
「……かえり、たく…ない…」
大通りを抜けて、ようやっと彼の滞在するホテルを眼前にしたころであった。カークランドは男の、ささやくようなその声を聞き逃さなかった。一瞬のうちに頭のなかで幾度も映像が巡り、ひらめいている。それは間違いなく、あの日のものであった。はっとして、いっしゅん足を止める。そうしてくく、とカークランドは声もなく笑った。すっかりぬるくなっていた感覚を、取り戻した気がした。ふつふつと、腹の底が熱くなってゆく。

*

男の、ジャケットの内ポケットからルームキーを探り出す。零八一九番。エレベーターで八階まで上がった先、十九号室である。片手で男を支え、空いた片手でドアを開けた。ずるずると男を引きずりながら、後ろ手にドアを閉める。額から頬にかけて、汗が垂れる。張り付いた前髪がどうにも鬱陶しいが、そんなことを気にしている余裕はない。男をソファに横たわらせて、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。自分のものではないが、ここまで運んできてやった駄賃である。水のひとくちくらいで、男も文句は言わぬだろうと踏んでいる。一口、二口ほど含めばだいぶ楽になった。盗み見た男は、やはり呼吸の音もなくぐたりと横たわったままである。
「…なあ」
カークランドの低い声に、ぴくりと男の肩が跳ねた。