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月も朧に

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〈07〉 しらざぁ言って聞かせやしょう




 若手花形歌舞伎初日の朝、今回の世話役で鳴海屋の長である緒川清十郎は皆に向かって言った。

「一人一人、与えられたお役を全身全霊で演じなさい。そして、その日最低でも一つは課題を見つけなさい」

 皆真剣な眼差しでその言葉を受け止め、噛み締めていた。




 初日の幕があいた。

 佐吉の最初の役は、浜松屋の場面は若旦那、宗之助。
稲瀬川の場面は忠信利平だった。
 両方出番も台詞も少ない。佐吉は観る稽古と、自分の復習に専念できた。
 
「上手いなぁ。又ちゃんの力丸」

 又蔵本人は苦手なようだったが、佐吉は又蔵の南郷力丸が好きだった。
佐吉は苦手な武家の役。彼の武家姿は品があった。

「可愛いですよね。弘ちゃんの弁天」

 いつしか隣には、鳶頭清治役の永之助。

「あーぁ。永之助もべっぴんやろしなぁ。こんなぶっさいくなやつの弁天小僧きたら。かなわんわな」

「だよな。俺ら同い年三人組の弁天担当期間はぶさいく祭りだ」

「うける。ぶさいく祭り。てか、利ちゃんなんでここにおるん?」

 なぜかそこには日本駄右衛門の仮の姿、玉島逸当《たましまいっとう》の衣装の利三が居た。
彼は浜松屋の奥にいる人物。待機する場所はここではない。

「イカ頭巾(※1)参上! まだ大丈夫。それよりお永ちゃん、そろそろだよ」

「あ。ほんとだ。では兄さん方、お先に失礼しますぜ」

 瞬時に江戸っ子に切り替えた永之助。
渋さや貫禄には欠けるが、若さあふれる鳶だった。
 利三は舞台袖から離れず、あろうことか佐吉と話し始めた。

「しかし、弘ちゃん、可愛すぎるよな。まるで女の子だ」

「せやけど、女形一本なら問題ないやろ?」

「あぁ。全く。でもな、あれで最初は悩んでたんだ。立役の家系なのにどうしようって」

「へぇ……」

 先日話した時、彼の表情にそんなことは微塵も感じられなかった。
どのようにその悩みから卒業し、女形を目指すようになったのか、佐吉は気になった。
 利三は話を続けた。

「そこで、三河屋のお父さんが、江戸一の立女形の鈴屋のお兄さんに相談したんだ。
それで、女形の指導してみたらこれがぴたりとはまってさ。
いまや三河屋の面々が家宝と公言する女形の出来上がりってわけだ。
 いけね。喋りすぎた。お互いそろそろ出番だ」
 
 利三の話を反芻する間もなく、佐吉は舞台へ出た。


 その日の佐吉の役は案外ウケが良かった。
和事(※2)が中心の上方出身。なよなよとした役には慣れていた。
 それが功を奏したようだ。
 忠信利平の役も問題なく、無事に勤めあげた。

 数日後、役が変わった。
次は日本駄右衛門。浜松屋の場面では大変な不評だった。
 少し大人しい性格が災いしてか、人一倍男勝りな弁天小僧、又蔵に負けてしまっていた。
 しかし、稲瀬川の場面ではよく通る声のおかげか、たくさんの大向こうが掛かり、まずまずな出来となった。

 いろいろ役代わりをこなしていくうち、ついに問題の弁天小僧をやる日がやって来た。

「佐吉さん、お世辞にもべっぴんとは言えませんわ」

 その日も三太は弟弟子である佐吉の拵えを手伝いながらそう言った。
その声は少し震えていた。
 なぜなら、今日は彼も大役をこなさなければいけない日。役は浜松屋の番頭。
これほど台詞が多い大きな役をもらったことなどなかったので、佐吉以上に緊張していた。

「兄さん、緊張しすぎや。俺が弁天小僧なんやから、そんなに緊張せんと」

「……あかん、余計緊張してきた。ぶさいく弁天とかみかみ番頭や!」

「あかんわこれ……」

 グダグダやっていても幕は上がる。
力丸役は利三だった。佐吉の補佐してくれたが、全然役には立たなかった。
 大真面目に芝居しているのにもかかわらず、登場するだけでなぜか客席からクスクス笑いが起こる。
 そんな武士に付き添われてやってくる、どう見ても『男』なお嬢様。
そして、どう見ても『男装の麗人』な弘次郎の日本駄右衛門。
 ちぐはぐな配役に、客席の笑い声は途絶えることがなかった。





 一通り役替わりを終えた次の日、半日だけ休みがあった。
その日は残りの日程の配役発表の日でもあった。
 早めに稽古場に集まった若手五人は反省会。

「面白かったが、キツかったな……」

「ほんとキツい……」

「疲れました……」

「しんどいわ……」

「誰も倒れなくてよかったです……」

 反省以上に、皆の口を突いて出るのは疲労に関する事。
しかし、これで訓練していかなければ将来主役は張れない。




 その日の午後、配役発表が行われた。

 配役は、観客の入れ札で決めることになっていた。
一番多い意見を取り入れ、上演するのだ。
 すでに集計は終わり、発表を待つのみ。

 皆の前に立った緒川清十郎の言葉を、今か今かと耳をそばだてて待っていた。

「弁天小僧菊之助、山村永之助」

 まずは菊之助の配役だった。

「永之助、男だとわかった後、もっと砕けていい。まだ品がよすぎる。励みなさい」

「はい」

 永之助は望んでいた役を演じることができる喜びと、主役の責任、重大性をかみしめていた。

「南郷力丸。倉岡吉治郎」
 
 次は菊之助の相棒、力丸役。

「佐吉、まだおとなしい。もっと強く堂々とやりなさい。武士はまだまだ勉強がいるな。精進なさい」

 佐吉は思っても見なかった大役に選ばれ、喜び以上に驚きを隠せなかった。
しかし、この配役は、誰かが誰かの利益のために配役を決めたのではない。
 客の意見、民意である。
 この世界で、『倉岡吉治郎』という存在が少しではあるが、認められたということに喜びを覚えた佐吉だった。

「日本駄右衛門、大川虎三郎」

 この発表に周りは「やはりな」という雰囲気であった。
五人の中でも一番貫禄がある又蔵の適役である。

「又蔵。この五人組の首領は日本駄右衛門だ。このお頭だからこそこういう仲間が付いてくるんだ。ということが分かるような人間味も大事だ。これからはそこを意識して精進しなさい」

 又蔵は恭しくその助言を聞き。反芻していた。

「忠信利平、鳶頭清治。井上竜五郎」

「よっしぁ! 鳶頭きた!」

 この反応にくすくす笑いが起きた。
緒川清十郎は少しため息をついた後、こう言った。

「利三、あまりふざけるな。ウケ狙いをするな。普段がそうだから、大真面目にやっても笑いが起きるんだ」

「はい。精進します……」

 釘を刺された利三は大人しく頭を下げた。

「赤星十三郎、浜松屋宗之助。石川雪弥」

 彼は菊之助の役を勝ち取ることは出来なかった。
 
 しかし…… 

「弘次郎、女形を一生の生業に決めたおまえさんには、男しか出てこない今回の演目はきつかったかもしれん。だが、立役も勉強してほしいとの三河屋さんからの依頼だ。精進するように」

「はい!」

 父と兄の期待に添えるよう励もうと、弘次郎は力強く返事をした。



「よし! 明日から千秋楽まで、頑張るぞ!」

 盗賊団の首領である日本駄右衛門役の又蔵がそういうと、仲間たちだけでなく
浜松屋の番頭、店員、皆が答えた。

「おう!」




作品名:月も朧に 作家名:喜世