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面倒な女

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顔も見えないその人は泣いていた。誰かを想い、伝わらぬ恋情に心を痛めて泣いていた。
片手にも満たない逢瀬の末に捨てられたのだと声を詰まらせ、それでも待ち続けてしまう自分が哀れだと涙声で言っていた。

まだ此方に来て時が浅い頃の話だ。
街で紅茶を飲んで時間を潰していた時に、後ろの席から聞こえてきた話し声。こんなところでする話でも、聞く話でもないだろうと思うが、聞き耳を立てているわけでなくとも聞こえてしまう。
ちらりと辺りを見回せば、周囲の席の皆は気づいているのかいないのか素知らぬ顔だ。

急に声が途切れて、彼だわ―― と上擦った声がした。ああどうしましょうと言う声が嬉しさを隠し切れていない。

「お嬢さん、お待たせした。」

入り口に背を向けていたから、声を掛けられるまで待ち人に気づかなかった。
思いもかけず待ち人が戻って来たと思ったと同時に、先程の声の主の席で大きな音がして、アリスの座る椅子の近くに椅子の背もたれが大きな音を立てて倒れ込んできた。駆け去ってゆく靴音が一つ。遅れてもう一つ。
店内に居た客は皆、アリスも含め今は空になった席に注目した。しかしそれは直ぐにそれぞれの席の話し声に紛れ消えていく。
滞在先の家主は不機嫌そうな声を出した。

「何だ、騒がしい客だな。」
「良いじゃないの、彼女も待ち人来る。余程嬉しかったんでしょう。」

なんだか小説の一番の盛り上がりの台詞を読み損なった気がしたが、それでもハッピーエンドは変わらない。でも本当にハッピーエンドだった? 
貴方、来るタイミングが悪すぎるわ。そう言われて男は意味が解からずにポカンとしている。


何故か未だに気になって思い出してしまう。聞き逃した結果を左右する台詞。
あの時、ブラッドの声に掻き消された会話が気になる。嬉しそうな声は順当な結末をイメージさせるが、どんでん返しなど一言で足りてしまう。
本ならば読み返せば済むこと。でも現実はそうもいかず、結局未だに人の恋について悶々としてしまう自分は余程の暇人か。小さく苦笑する。

「お嬢さん? 紅茶も私も目に入らないようだが、何が君の心を占めているのかな。」
「あら、心外だわ。私の心は貴方でいっぱいに満たされているのに。」

目も合わさずにそう言って、お先にと席を立つ。部屋に戻って、次の勤務までには読みかけの本を読んでしまいたい。その急ぐ足を引止められた。前方に回り込んだ男の身体にぶつかって、強引に。
眉を寄せ、あからさまに嫌な顔をして見上げる。退いて!読んでしまいたい本があるのよ。

「そうやって焦らすのはもう止めてくれないか。」
「焦らしてなどいないわ。私は何度も言っているわよ。貴方と特別な関係を持つ気は無いって。」

苛々とした男の声に、貴方こそいい加減学習して頂戴。そう言うと男の脇をすり抜けて屋敷に向かう。耳慣れない音と同時に、その耳元を高速で何かが通り過ぎ、千切れた髪が舞った。視線の先にあった石造りの花台が崩れ、植えられていた満開の花が地に落ちる。

「次は外さない。」

後方で冷たく、抑揚のない声がする。草を踏みしめる音が近づいてきて、二の腕を掴まれ強引に男の方に向けられた身体は、勢いに負けふらついた。抱き上げられて男と共に屋敷から離れてゆく。

「っあ、・・ んん・・」

木の幹に押し付けられ、強引に押し入ってきた物に意地でも反応したくなかった。こんなに余裕の無い男を見て何処かで気分が良いと思っている。もっと私に執着すればいいと思っている。

「はぁ・・・ん・・ 嫌っ、止めてっ。」
「私が、満足すれば止めてやる。」

それでも嫌だと言い続ける口を塞がれて息が詰まる。両手で男の身体を引き剥がそうと無駄な抵抗を試みるが、湧き上がってくる気持ち良さに感覚を侵食され、次第に意識も身体も溶解してゆく。伏せた瞼に極彩色の幾何学模様が回り始め、耳元に男の声がした。

「そうだ、もっと私を欲しがれ。それでいい。」

その男の声と一緒に苦しそうな女の声が聞こえてくる。息苦しそうに喘ぎながら、その声は何かを欲しいと言っていた。何を欲しいと言っているのだろうと頭の何処かで考えた―― ような気がした。


怠い。そして眠い。ゆっくり開けた視界に何を捉えているのか、即座には判断が付けられないほどに頭もぼんやりとしていた。もう一度目を閉じゆっくりと落ちていく意識。
次に目が覚めれば何時もの白いシーツに包まり眠っていた。隣ではうつ伏せになった男が眠っている。此方に伸びた腕が腹の上から腰に回されていて重い。

仕事!

電撃のように思い出した自分の義務に慌てて身を起こそうと男の腕を払い除けようとしたが、逆に抑え込まれてしまった。

「何を慌てているんだ? そんなに私の側に居るのは苦痛なのか?」
「違うわ! 仕事! もう時間過ぎてるのっ。」

退いてと言いながら腕を叩く様子を見ていたブラッドは、解かったと言いながら上に伸し掛かってきた。

「私より仕事が大事ならば、この時間は存分に私に奉仕すればいい。それが君の仕事だ。」

何を馬鹿なことを・・と組み敷かれながら怒るアリスに雇い主は問いかける。

「もう見習いなんて辞めて、私のものになれ。どうして心と裏腹なことばかりするんだ?」

何を言っているの・・・わけの解からないことを言わないでと言う声が詰まる。見られたくない。腕で顔の上半分を覆い隠し横を向いた。涙が眼尻から零れてシーツを濡らす。

「あ、あの人は、貴方を見てっ・・・よっ・・・喜んだ、んじゃな、いの?」

しゃくり上げて言葉が細切れになる。聞き取りにくいうえに、全く意味の分からないものを押し付けられて、流石の万能領主もお手上げだった。

「何を言っているのか全く理解できない。とにかく、落ち着け。」

抱き起されて、シーツごと抱きしめられて、人前で泣くなんてどのくらい振りだろうか。時々髪や頬にキスをされて、それでだけで幸せだと感じている。こんな幸せを知ってしまったら、失った時は以前の喪失感の比では無いだろう。恋の真似事の相手ですらあんなに心が痛んだのに。母の時も、それからあの人・・・? 誰のことを思い出そうとしたのか、記憶はそこで行き止まった。なにかすっきりしない。
ただ、愛情を抱くような大事なものを失うことを必要以上に恐れている。失うくらいなら最初から要らない。

店にブラッドの入って来たタイミングと、後ろの客の出て行ったタイミングが余りに合っていたから、顔も知らぬ声の主の逢瀬の相手とはブラッドではないのかと、この男ならやりそうだと、そう疑いだしたら、自分も同じ目に遭うのではないかと怖くなってしまったのだ。ブラッドにはそう言った。

記憶とは意地悪なものだ。初めてブラッドとそういう時を過ごした後で、いきなりあの記憶が甦ってきた。

――― 片手に満たない逢瀬で捨てられた

そんなこと自分には耐えられるのだろうか。同じ顔の男に二度も捨てられるなんて、きっと一度目よりもひどく傷つく筈。それが怖かったのだ。

「私がその顔無しの相手だとしたら、君に声を掛ける前に店の外に連れ出すだろうな。面倒事は御免なのでね。」
「だって、貴方たちは顔の見分けが出来ないんでしょう?」
作品名:面倒な女 作家名:沙羅紅月