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アンドロイド・レメディ

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その3


「トラ、ただいまー。悪いけど今日の夕飯やっぱり作って…ってウサ?」
リビングにやって来た虎徹が、ウサの姿を見つけると目を丸くして立ちつくした。
「おかえり、コテツ」
 覚えた甘い笑顔で出迎えると、久しぶりだなぁ元気にしてたか、と笑顔でソファに寄って来た虎徹にばしばしと肩を叩かれた。くるくる表情が変わる生の虎徹は、やはりかわいい。
「手紙、ありがとう」
「おう、お前も仕事頑張れよ」
 ウサの肩に触れている手を取って甲に口づけると、一瞬で払われてしまった。よく見るとそれは虎徹の手によるものではなく、虎徹の腰から伸びるもう一対の腕の仕業だった。虎徹に集中していて気付くのが遅れたが、背後にバーナビーが巻きついている。
「……マスター?」
 呼べば胡乱な瞳で睨まれた。時計を確認すると、“デート”帰りにしては時間が早い。諸々の状況を見分したのち、ウサの中で早々に答えが導き出される。空気を読まなくても良かったようだ。あぁ、と思い出したように虎徹が背中のバーナビーの頭を撫でた。
「急に出動になっちゃってさ。バニーが予約してた店はキャンセルしちまったし、酒は家でも飲めるからって帰って来たんだけど…トラどうかしたのか?」
 向かいのソファで眠るトラを、心配そうな瞳で虎徹は窺う。
「何回か連絡したのに繋がんなくて…充電切れ、じゃねぇよな?」
「ウィルスに入られてた」
「ういるす?」
「どういう事ですっ?」
 簡潔に説明すると、虎徹がこてんと首を傾げるのと、バーナビーに迫られるのはほぼ同時だった。つい先ほどまで呆けた顔をしていたくせに、バーナビーは完全に科学者の目になっている。その見事な変貌ぶりに、身体のどこかにスイッチがあるのではないかとウサは疑ってしまった。

 経緯を説明するとバーナビーは項垂れて、なるほどわからんと真顔で頷いた虎徹はキッチンに消えていった。暫くすると何かを炒める音が聞こえてきて、空腹に耐えかねたらしい。
「とりあえず、ウィルスの駆除はここでは無理なので明日、ラボで行いましょう。ウサも立ち会いをお願いします」
「分かった」
 はあぁと重いため息をついたバーナビーは、だらしなくソファに寝そべった。恋人とのデートが強制キャンセルとなり、帰宅したら製作に関わったアンドロイドがウィルス感染していたりと客観的に見ても散々な夜である。脱力するのも無理は無い。
「なぁ、マスター」
「はい?」
 呼びかけても疲れた声しか返らなかったが、構わずウサは話を進める。
「ウィルス症例のサンプルとして、一応録画しておいたんだが」
「何です?」
 動画出力先を外部ホログラムに変更して出現した画面を、ようやくこちらを見たバーナビーの目の前に突きだした。訝しげだったバーナビーの瞳が、動揺で見開かれる。
「これ…って」
「トラだ。コテツじゃないぞ」
「わ、分かってますよ!」
 再生している動画は先ほどウィルスに侵されたトラを撮ったもので、呆けた瞳のトラがウサに身体を弄られて喘いでいる所だった。
「じゃあ、興奮した?」
「しませんよ! なんなんですか、一体」
 声を荒げるバーナビーの前の投影が、再生を終了してかき消える。
「オレは興奮した、様な気がする」
「は?」
「あの感覚は、欲情、とも言うのか?」
 うまく言葉に表現出来ずにいると、寝そべったままのバーナビーが物凄い形相でこちらを凝視しているのに気がついた。とてもインドア派にしては俊敏な動きで起き上がったバーナビーに、両肩をがっちりと掴まれる。
「イレギュラーなアンドロイドだと思っていましたが…あなた、虎徹さんに似てるなら誰だっていいんですかっ?」
「違う。ちゃんとトラとコテツは違うと認識した上での感覚、のはずだ」
「さっきから語尾が曖昧ですが?」
「オレだってよく分からないから困惑してるんだ」
「ウサ…?」
 正直な所を話すと、さすがに肩を掴んでいた力は緩んだ。バーナビーの案じる視線から逃れるように、ウサは俯く。
 様子を窺いに来るほど気になって、ウィルスの影響とはいえ欲情のような衝動に駆られたのは、単にトラが虎徹に似ているという理由だけだろうか。以前は虎徹が全てだったのに、最近ブレが生じている。もやもやと霧の様な思考を巡らせていると、できたぞーと間延びした虎徹の声に、ウサは考えるのを一時中断させる。虎徹の足音と、懐かしい匂いが近づいてきていた。