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野性の本能

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 知る人ぞ知る骨董品屋が、王子にある。地味な店の外観からは想像できないほどに、業物がそろう店だ。
 しばらく前までは、店で扱う品物に負けず劣らずの骨董品みたいな爺様が店番をしていた。
 だが、最近は違う。息子――いや、孫ではないかと思われる若い男が、店番をするようになったのだ。それとほぼ同じ時期から、若い女が店に顔を出すようになった。
 孫夫婦に店を譲り、爺様は隠居したのだろうと、近所の者は噂しあった。
 その噂が事実ではないことを知る者は、あまり多くない。


「よぉっ、邪魔するぜ。――っと、今日は涼浬ちゃんの方か」
 事実を知る数少ない人間の一人、蓬莱寺京梧が、勢いよく店の中に入ってきて笑みを浮かべた。
 店番がもう一人――奈涸の方であれば、一悶着あってもおかしくはない。いわく、乱暴にあけるなだの、埃がたつだの、日の光が品物には良くないから早く閉めろだの。京梧が用を言い出す前に、たっぷりと説教がある。「だから俺は客だろう」と言おうが、何をしようが、文句はすべて鼻先で却下される。
 だから、京梧にしてみれば、そんな兄が店番をしているよりは、大人しくたおやかな妹がいる方が嬉しい。前述の事情がなかったとしても、仏頂面の兄よりは、控えめな笑みを浮かべた妹の方に迎えられるのを喜ぶのは、さしておかしなことではないだろう。
「いらっしゃいませ、蓬莱寺様。今日はいかがなさいましたか?」
 商品をそろえる手を止め、涼浬は笑みを浮かべた。普段は、少し冷たい雰囲気を感じさせる彼女だ。だが、こうして笑みを浮かべると、年よりも幼く見えるほどに可愛らしくなる。。
「いやぁ、大した用じゃねぇんだけどな。ここんとこ、随分と物騒じゃねぇか。ちょいと、ここらにも顔を出しておこうかと。兄貴はどうしたんだ?」
 扉を丁寧に閉めてから、大またで涼浬に近寄る。彼女は、その京梧の様子に、さらに笑みを深めた。
「兄上ならば、奥に。お呼びしましょうか?」
「いやいや。わざわざ呼んでもらうほどのことじゃねぇって。どうせなら、仏頂面の兄貴よりは、涼浬ちゃんのが嬉しいし」
「蓬莱寺様……お戯れを。龍閃組の皆様は、息災でいらっしゃいますか?」
「ああ、元気すぎて困るくらいだ。んで、今日はちょいと用立てて欲しいものがあるんだが」
「何なりと仰ってください」
「そいつは助かる」
 明るい笑みを浮かべると、京梧は懐から紙を取り出し、涼浬に渡す。真剣な表情で、受け取った紙を見、立ち上がると、薬棚を確かめ始めた。
 その姿を眺めながら、京梧は小さく頷いた。
「……しかし。涼浬ちゃんも、明るくなったよな」
「蓬莱寺様?」
 取り出した丸薬の数を数える手を止め、涼浬は京梧の顔を眺めた。
「――いや。どうだい? 最近、困ってることはねぇか?」
「ありがとうございます。今は、兄上とともにこうやって過ごせて……それに、龍閃組の皆様も、とても良くしてくださいます。……ただ」
「ただ、何だ?」
「……私は、公儀隠密として、幕府の敵となる者を屠ってまいりました。今、鬼道衆の方々とこうしてよしみを結び……その、本当に、こうしていていいのか、と」
「イヤなのかい?」
「いえ。その、そうではないのです。ですがやはり、鬼道衆は幕府に仇なす敵。そのような方と手を結ぶというのは。そして、手を結ぶと一口に言っても、今までおそらくはお仲間である人と戦い、時には屠ってきた私を受け入れていただけるのか、と」
 手をとめ、表情を暗くする涼浬に、京梧は手を伸ばした。そして、まるで幼子にするように、わしわしと涼浬の頭を撫でる。
「ほ、蓬莱寺様?」
「うん、迷って考えりゃいいんじゃねぇかな。ホントに奴らと一緒にやってくのかなんてのは。奴らのホントの姿を見て、考え方を知って。それからでも遅くねぇだろ。そうやって自分の頭で考えろってのが、コレからの世の中にゃあ必要だ」
 ゆっくりと、普段の彼からは想像もつかないほどに落ち着いた声で、京梧は言った。そして、涼浬の顔をのぞきこんで、にやりと笑う。
「ま、百合ちゃんの受け売りだけどな。悪くねぇだろ、そういうのも。――受け入れてくれるかっつーのは、兄貴が大丈夫だったんだから平気じゃねぇの? 涼浬ちゃんが、ホントに奴らといっしょにやってこうと思うんなら」
「……蓬莱寺様。考えてみます。その、とても難しいと思いますけれど、ちゃんと、彼らの姿を見て、考えてみようと思います」
「そっか」
 涼浬の訴えに、京梧は頷いた。
 彼の表情を見、涼浬は笑った。まるで、野の花のように控えめで、清楚な笑顔だった。


 そんな微笑ましいやり取りがなされている頃。
 奥に上がりこんで惰眠を貪っていた御子神瀞珠が、飛び起きていた。
 彼がどこで昼寝をするかといえば、もちろんのこと、弥勒万斎の家だ。家主が外に出ていても気にしないほどに図々しく、日当たりのいい縁側で寝ていることが多い。だが今日は、彼の宅の大掃除だという鬼哭村の女衆に容赦なく追い出され、ふらふらと王子の如月骨董品店に顔を出していたのだ。
 同じ部屋には、帳簿を広げた奈涸の姿がある。
 飛び起きた原因は、彼の気だった。
 もしも、瀞珠に尻尾があったならば、意気地なく股の間に挟みこまれていただろう。
 寝ていた縁側から落ちそうになりながら、彼は奈涸の様子を窺っていた。
「蓬莱寺京梧、とか言ったか」
 瀞珠は、ふるふると震えた。首を横に振った。きゅうんと哀れな声をあげてもおかしくない姿だった。
 奈涸の口元には笑みが浮かんでいる。
 瀞珠は、震えながら彼の様子を見守っていた。


「さあってと。助かったぜ、涼浬ちゃん。兄貴によろしくな」
「はい、蓬莱寺様。また、いつでもいらっしゃってください」
 柔らかな笑みで頭を下げる涼浬に大きく頷き、京梧は如月骨董品店を後にした。
「涼浬?」
 京梧が去った後、穏やかな表情で、涼浬は薬棚の整理をしていた。そこに、まるで計ったかのようなタイミングで兄の声がかかる。
「はい? いかがされましたか、兄上」
「今日はもう終いにしよう。――さっきまで、客があったようだが」
「蓬莱寺様がおいででした。兄上をお呼び致しましょうかと言ったのですが、いいと仰って。龍閃組の皆様は皆息災であられるそうです」
「そうか。――おまえは、あの男をどう思っているんだ?」
「明るく親切なお方だと思います」
 涼浬の答えと表情に、奈涸は微笑んだ。
 その兄の表情を見た涼浬は、頬を染め、少し手荒に薬棚の引き出しを閉めた。
「夕餉の支度を致します、兄上」
 そう言って、兄の傍をすり抜け、奥に向かう。
「きゃっ。――御子神様、いらっしゃっていたのですか? あ、その、急ぎますので」
 瀞珠は、台所へと去る涼浬の背を見守っていた。そして、一つ身を震わせると、そのまま店に下りる。
 店では、奈涸が涼浬のやりのこした始末をし、店じまいをしようとしていた。
「……帰るのか?」
 静かな問いに、瀞珠は頷いた。
「そうか。――くれぐれも、蓬莱寺京梧によろしくな」
 瀞珠は、大きく頷いた。そして、走り去った。まるで、背後で火事でも起きているかのように真剣な表情であり、速度であった。

作品名:野性の本能 作家名:東明