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ゆらのと

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銀時はハッとした。
普段はあまり他人に見せないようにしているが、本気になったときの自分の力は人並みはずれて強い。
大人でもかなわないぐらいだ。
この国の者としてはありえないような生れつきの銀髪のせいもあり、バケモノ、と言われたことが何度かある。松陽に拾われるまえのことだが。
そして今、初めて銀時の本気の力の強さを身をもって知った桂はどう思っただろうか。
銀時はあせった。
「俺は帰らねェよ」
あせって、とっさに口から出たのはそんな台詞だった。
勢いのまま続ける。
「帰るもなにも、俺には帰る場所なんかねェんだからな」
「坂田」
「俺は親に捨てられたんだ」
桂がなにか言おうとするのをさえぎるように言う。
言ったことは事実だ。
ある日、堅い表情をした母に山につれていかれ、しばらく登ったところで道から突き落とされた。
木にぶつかって止まり、身体は痛かったものの、そこから斜面を必死で登って道にもどった。
だが、そこに、母の姿はなかった。
帰る道はわからなかった。
うろ覚えの記憶はあったが、これまでの母やまわりの者の態度から、もどってはいけないような気がした。
なによりも、母が自分を道から突き落として去っていったことが、衝撃的だった。
心の中が真っ暗になった。
とぼとぼと山道を歩いた。
日が暮れるのは早くて、さびしくて、心細くて、悲しかった。
「それからは食っていくために、なんでもやった。争いのあとの死体まで漁った」
天人が他の星から来襲して江戸城に大砲を打ち込んで強引に開国させてから、幕府の威光は衰え、世は乱れた。
江戸から遠く離れていても、やはり、ならず者が増え、藩の力が及ばないところでは大きな争い事が起きている。
松陽に拾われるまえの銀時は、あえてそうした場所に行った。
もう動かない冷たい身体が地面に転がり、あたりには血が飛び散っていたが、こわいとは思わなかった。
捨てられてから、感情がほとんど動かなくなっていた。
「松陽に拾われて助かったが、あそこは俺の帰る場所じゃねーよ。だって、松陽と俺は赤の他人で、松陽には俺の面倒をみなきゃならねェ理由はねェんだからな」
なぜ、松陽は自分を拾い、その家に住まわせ、食べるものや着るものを与えてくれるのか、わからない。
わからないから、こわい。
死体を漁っているときはこわいとは思わなかったのに、今は松陽の家で普通にすごしているだけなのにこわいと感じる。
「どうせ、いつか、また、俺は捨てられるんだ」
そう銀時は吐き捨てた。
生まれ故郷でだれかに優しくされた記憶はない。
それでも捨てられたときはつらかった。
心がひどく痛んだ。
奈落の底に突き落とされたような気がして、なにもかもがダメになったように感じ、もうなにも信じられないと思った。
まわりの者たちと信頼関係があったわけではなかったのに。
悲しかった。
悲しくて、悲しくて、しかたなかった。
悲しみを感じないようにするには、心を麻痺させる他なかった。
その後、松陽に拾われて、優しくされて、温もりに触れて、凍りついていた心が溶け始めた。
ダメだ、と思った。
心は麻痺させておかなければならない。
期待してはいけない。
優しくされることを、このままここにいることを、望んではいけない。
いつかまた捨てられたとき、期待していたぶん、悲しみが大きくなってしまうだろう。
以前に捨てられたときよりも、心はひどく痛むだろう。
きっと耐えられない。
だから、こわい。
作品名:ゆらのと 作家名:hujio