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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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 波や潮の流れに負けぬよう力強く泳ぐことを重点に据え、息つぎに相変わらず難のあるジュリアスに、左右自在に息つぎができるよう練習を重ねながらリュミエールは、いわゆる遠泳に必要なことは、とジュリアスに説く。
 「目標に向かって、真っ直ぐ泳ぐことです」
 「そのために、少々のうねりにも挑めるよう、しっかり泳ぐのであろう?」
 「でもいくら泳ぐことができても、目標を見失ってはいけませんよ」
 「とは言え、プールならともかく海では……」そこで、はたとジュリアスは気づいて言う。「前に向かって顔を上げるのか?」
 「そうです」頷いてリュミエールは続ける。「ですが、何もひっきりなしに頭を上げる必要はありません。無駄にやっても体力を失うだけですから。通常の息つぎの合間に都度確認すれば良いことです」
 「なるほど……」
 「ところでジュリアス様」
 「何だ?」
 「海岸からその小屋まで、いったいどのくらいの距離があるのでしょう?」
 「そのようなこと」やはりまた至極真面目な表情でジュリアスが言う。「泳ぎ着いたことがないのだからわかるはずもない」
 あまりの率直な言い様に、リュミエールは呆気に取られる。
 「は……?」
 「双眼鏡で眺めるのと、実際に途中まで泳いだのとではずいぶん感覚に差があった。泳いでいるときなど、進めば進むほど遠ざかっていくような気がしたぞ」
 いかにジュリアスが泳ごうとしたものの苦労したかが垣間見えるような言葉だ。けれどこれでは、距離によってどの程度力を配分するかすら教えることも叶わない。思わずリュミエールはジュリアスを見た。そしてジュリアスもまたリュミエールを見る。
 「ジュリアス様、あの」
 ふっ、とジュリアスは軽く息を吐くと苦笑する。
 「わかった。いつも世話になっていることだし……良ければ実際にそなたが泳いで確認してくれるか?」
 それは、ジュリアスの『八月』に同行するということを意味している。ずっと話にだけ聞いていた『家族』たちと会える……リュミエールからすれば酷く懐かしく、ほんの少しだけ辛いことでもある−−自分にも思い出せる家族や海という共通の光景が重なるから。けれどそのほろ苦い思いを、リュミエールは味わってみたかった。実際の『家族』はもういないから、せめて傍で……故郷と同じ、海という場所で眺めてみることを。
 「はい……! よろしくお願いいたします」
 「ただ……そなたを連れて行くのであれば、あともう一人、声をかけねばなるまいな」
 そう言ったジュリアスの言葉に、リュミエールは目を見開く。
 「でないと、拗ねられそうだ」くく、と笑ってジュリアスは続ける。「もっとも、私やそなたと素直に同行するつもりがあるかどうかは、わからぬがな」



 こうして、ジュリアスの『八月』について知る二人を伴い−−ゼフェルの提案でエア・カーで行くことになり、リュミエールがゼフェルの巧みな運転にもかかわらず車酔いで少々ふらついてしまったこと以外は、何の問題もなく海へとやって来ることができた。
 だが、もちろんリュミエールとゼフェルはこの『外出』をさっさと切り上げるべきであることは理解している。
 「ま、一泊ぐらいして、ちょろちょろと海にでも浸かれりゃいい……せっかくの『お楽しみ』を邪魔しちゃ悪いしな」
 ジュリアスがこの『八月』を過ごすきっかけ−−ジュリアスを否応なしに執務から解放させようと前女王とディアが画策したこと−−を知ったゼフェルは、そう言ってリュミエールを見た。
 リュミエールも深く頷く。
 「そうですとも」
 ただし、ゼフェルは一言多かった。
 「それに、こんなうるせー保護者付きじゃ、せっかくの海も楽しめねーし」
 「……ゼフェ」
 思わずリュミエールがたしなめようとするのを遮って、ジュリアスがちらりと睨みつつ言う。
 「何か申したか」
 「べっつにー」
 そういえば、とジュリアスは荷物を持ったボーイに、空き部屋はないな? という尋ね方をしている。はい、と当然のように頷いたのを見てゼフェルが、不満げな声を上げた。
 「げーっ! 一緒の部屋かよ!」
 「仕方あるまい、この辺りは毎年やって来る常連が予約していて、新規に取ることは本当に難しいようだからな」
 そうあっさりと言ってジュリアスは、エキストラ・ベッド二台の用意を依頼した。なおも何か言いたげにしているゼフェルに、スイートだから部屋は分けられるとジュリアスが言うとゼフェルは、あからさまにほっとした表情を見せて再びジュリアスから顰蹙を買ったけれど、そのようにしていながらもゼフェルが何となく楽しげにしていることに気づいてリュミエールは、肩を小さくすくめて笑った。



 駐車場からホテル館内に入ると、フロントが見えた。ジュリアスは、ふと見覚えのある顔−−昨年、音楽室の鍵を毎日渡してくれたコンシュルジュだ−−が、ジュリアスを認めるなり、駆け寄ってくるのを見た。
 どうした、とジュリアスが問う前に彼は、「失礼します」と言って、三人の目の前で画面を映す操作をした。目の前で映し出されたそれは、どうやらニュース番組らしい。
 コンシュルジュが側で、差し出がましいこととは存じますが、と言っている。その意味をジュリアスは、すぐに理解した。
 「……ジュリアス様!」
 リュミエールが小さいけれど悲鳴に似た声を上げる。ゼフェルは声すら出せないようだ。そしてジュリアスもまた、瞬きすることを忘れたかのように画面を見つめる−−睨みつける。
 画面の中でニュースは淡々と告げている−−主星有数の大貴族たるカタルヘナ家の主が昨夜、亡くなったことを。