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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆2

 「……な、何ですって!」
 少し大きめの声を出してしまってからロザリアは、はしたないと思い、慌てて声のトーンを落とす。
 「部屋が……予約できていない……ですって?」
 応対しているコンシュルジュは、困惑した表情を隠さず頷く。
 「はい……私どもも……ぎりぎりまでお待ちしていたのですが……ご連絡を頂戴できなかったものですから……」
 ロザリアは一瞬、目を伏せ唇を噛んだ。思い当たることは、あり過ぎるほどある。
 「先ほど、お誕生日のためのお食事を予約されるご連絡を頂戴したときに、おかしいとは思ったのですが」
 そう。確認しなかったわたくしが悪かった。このホテルの予約は、いつもばあやに任せていたから。
 でもばあやは。
 しかし、起こってしまったことは仕方ない。顔を上げるとロザリアは、空いている部屋があるかどうか尋ねてみた。無駄かもしれないけれど、と思うより先にコンシュルジュは首を横に振る。
 「いいえ、ございません」
 「他のホテルは……どうかしら」
 「季節柄……」
 皆まで聞かずとも、ロザリアにはすでにわかっている。この海岸に来る客なんて、ほとんど皆どこかのホテルの常連であり、その常連がたまたま抜け落ちたときにだけ、どうにか新規の客が入り込めるのだ。
 それにしても困ったことになった。
 よりによって八月に。
 よりによって今年に。
 そのときロザリアは、自分のトランクが先ほど駐車場にいたボーイによって運ばれていくのを、フロントの後ろにあるガラスの飾り棚越しに見つけた。振り返ってみると、なるほどやはり自分の持ち物だ。
 「……わたくしの荷物を、どこへ?」
 コンシュルジュは、やはり、と言いたげな表情をした。
 「ジュリアス様が……ご自分の部屋へ運んでおくようにとおっしゃったのですが……お聞き及びでは……」
 「えっ」
 たぶん。
 自分でも恥ずかしくなるほど呆気に取られた表情を、この困り顔のコンシュルジュに向けているのだわ……わたくしは。
 おずおずと、コンシュルジュはだめ押しをする。
 「ロザリア様を……ご自分の部屋へお連れするように、とも伺っておりますが……」



 ぐい、と顎を引くとロザリアは、コンシュルジュを見据えた。
 そして一気に言い放つ。
 「わたくし、日帰りなのよ。だから荷物は降ろさないで」
 「……え?」
 わかっている。ボーイの運んでいる量は、日帰りのそれではない。
 それでも。
 「でも……泳ぎには行きたいから、着替え程度に使えそうな部屋を貸してくださる?」
 「え、あ……そ、それは構いませんが、でも」
 わかっている。明らかにコンシュルジュが狼狽えている様子が見て取れる。
 それでも、なのよ。
 「ああでも」ヴァイオリンの入ったケースを、フロントのカウンタの上に置いてロザリアは言う。「このヴァイオリンだけはよろしく」
 「あの……ジュリアス様にお預けすればよろしいです……か?」
 コンシュルジュは、ロザリアの持つヴァイオリンの価値をよく心得ている。ちょっとした館一軒、軽く買える値段だ。それに宝石類などとは別の意味で扱いにくい。だからホテル側としてはあまり預かりたくないのだろう。だがロザリアは構わず言う。
 「いいえ、そちらで預かってくださいな。温度と湿度には気を付けてくださるとありがたいわ。それと」
 カウンタに置かれたカレンダーを軽く指で弾いて、ロザリアはにっこりと微笑む。
 「来年の予約を」



 幸い、水着等についてはすぐ使えるよう、トランクではなく別のバッグに入れていたので、ロザリアはそれを楽に取り出すことができた。だが、案内された日帰り客用の簡素なゲストルームで着替えながらロザリアは、そこに至るまでどうにか保つことのできた笑顔を、一気に取り下げた。
 後には、酷く惨めな表情の自分が、鏡を通してこちらを見ている。
 その表情の原因として、カタルヘナ家のロザリアともあろう者がこのような場所で水着に着替えている、ということも多少は含まれているが、それよりも大部分を占めるのが、自分の、目を覆いたくなるほどの愚かな頑なさだった。
 もちろん、部屋を予約できていなかったという事実は、自分に抜かりがあったとしか言い様のない失態だ。
 だがそれよりも。



 ジュリアスがわからない。
 部屋を共にするということがどういうことか、わかって言っているの?
 うっかり部屋を予約し忘れたわたくしを見かねての同情?
 八月だけの『家族』として、当然の行為というわけ?
 ……それとも−−



 再び、鏡を見る。
 見て、ロザリアは、すっ、と自分の唇を指でなぞる。
 本当は……わかっている。
 臆病者はわたくし。
 ジュリアスはもう、わたくしを拒まない。
 ジュリアスは受け入れる。
 それどころかジュリアスが……欲している。
 去年。
 そう……去年のことを思えばたぶん、そう。
 けれど。



 「嫌よ」
 鏡に向かい、ロザリアは呟く。
 愚かなわたくし。妙なかたちにこだわって。
 けれど。



 「わたくしは……嫌なのよ」