あなたと会える、八月に。
◆2
「女王陛下が私に休暇を……?」
呼び出された女王補佐官ディアの執務室でジュリアスは声を上げた。
「そのようなことをなさらずとも、土日にはきちんと休日を頂戴している。問題はない」
「ありますわ」
事もなげに言うと、薄桃色の髪をふわりと揺らしてディアが言った。
「土日にも執務室に御在室でいらっしゃることが多々あるのはどういうことかしら、ジュリアス」
「それは」
「陛下は、あなたのことを心配なさっているのですよ。無理をされて、いざというとき」
とたんにジュリアスは座るよう言われたソファから立ち上がり、ディアを凄烈な蒼の瞳で見据える。だが、ディアは怯まず言った。
「……いざというとき、困りますわ」
「どういうことだ」
「申し上げたとおり」
以前女王試験があったとき、少しおどおどとした表情を見せていた彼女は、今ではすっかり穏やかにジュリアスを言いくるめる術を知り得ていた。
「それにこれは女王陛下の御命令です」
そう言われては、ジュリアスは言葉を慎むしかない。どすんとソファに座ると低い声で唸るように尋ねた。
「……で、具体的にはどうせよと」
「簡単ですわ」
にっこりと微笑むとディアは答えた。
「毎年、あなたのお誕生日である八月十六日あたりに、私が手配したホテルで一ヶ月、少なくとも一週間はゆったりと過ごしていただきたいの」
ジュリアスは一瞬目をむき、またもや立ち上がった。
「毎年……は良しとしよう。それなら問題はない。だが……一ヶ月……だと!」
「申し上げておきますが」笑みを絶やさぬままディアは続ける。「私の手配するホテルは海辺に面していますの。ですからあなたのお誕生日がある八月が良いシーズンなのですわ」
「とはいえ」
「ですから」ディアは決定的なことを言った。「この毎年の八月十六日というのは、聖地ではなく、そのホテルのある地……主星の暦に従ってのことです」
「な……何だと?」
「そうですわね」机の上の一月ごとの小さな日めくりをジュリアスに示すとディアは、第二週と四週の土の曜日を指差した。「ですからちょうどこの二つの土の曜日。聖地での土の曜日の一日をあちらで過ごせば一ヶ月近くになりますし、一週間なら六時間ほど……ほら、簡単なことでしょう?」
呆気にとられてその説明を聞いていたジュリアスは、再びどすんとソファに座り込んだ。
「確かに主星の一年は……聖地の半月ほどだが……」
「これで確実にあなたは隔週土曜日を海で健康的に過ごせますわ。そうなれば、あなたの大好きな乗馬の時間も必ず確保したくなるでしょうから……きっちりお休みを取るようになる」
「……という算段を、陛下としたわけか、そなたは」
「まあ、そんな人聞きの悪い言い方をなさって」
くす、と笑ってディアはしかし、ふと遠くを見るかのように窓の外に視線を流した。
「でも良いところですのよ。聖地に来る前、私は陛下と……一緒に夏の休暇を過ごしたことがあるのです」
「……陛下とは同級生、であったな……ディア」
「ええ」
ふぅ、とジュリアスは嘆息した。
「……良い所か」
「ええ、とても」
「だが私は海だけでなく泳ぐこと自体、経験がないぞ」
「別に泳いでも泳がなくても」くす、と笑ってディアは言う。「ぼんやりとホテルのテラスや、海岸の砂浜で日がな一日過ごされても」
再びジュリアスは目をむいた。休日でもそのように過ごしたことなどないからだ。だが、ジュリアスが文句を言おうとする前に、ディアがきっちり遮った。
「ですからこれは、女王陛下からの御命令ですのよ、光の守護聖ジュリアス」
作品名:あなたと会える、八月に。 作家名:飛空都市の八月