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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆26

 感覚がついていかない。
 いつの間にか成長して私に抱けとせがみ、熱っぽく私を見るようになった。そして私はそれを拒み、突っぱねた。
 それで終わったはずなのに。
 あのときですら涙を見せなかった者が、私を心配して酷く泣いた。泣きながら私を強く叱った。
 そうして、私の中指と薬指だけを握り返してきた小さな手が今は、細くしなやかなものに変わり、私の手の中でじっとしている。それどころか、この格好でなら海に行けるかもしれないなどと可笑しなことを言う。
 なのにどうして私は、この指を握り締めたまま離せないのだろう。
 誤解させるかもしれない。
 いや、誤解させるといまだに思っているのは私だけかもしれない。
 もうとっくに彼女は達観してしまっているかもしれない。何故なら彼女は−−
 ぎくりとする。
 そう。彼女は、女王候補だから。
 だから離さなければいけない。なのに離せない。
 拒めない。いや、拒みたくない。
 私こそ、海へ行きたいのだ。そして、ただ単に海に行くのは可能だ。
 だが私が行きたい海には、あの家族がいなければならない。
 あの『子ども』が−−



 この……ロザリアが。



 ジュリアスは握ったロザリアの手を取ると、手綱を持たせた。そしてその上から依然として自分の手を被せるようにすると「少し走らせる」と言った。
 「面白そうですわね」
 「行くぞ」
 扶助を出し、二人を乗せた馬が一気に駆け出す。途中でこちらに向かってやってくる乳母のコラが気づいて驚いたような表情を見せていたが、すぐにふっと微笑むと小さく会釈してみせた。ロザリアとジュリアスも笑んでそれに応える。
 駆けていく。
 爽快だ。
 周囲の景色が飛んでいくようだ。
 「……わたくしがそのうち、あなたをエア・カーに乗せて差し上げるわ」
 「だから……心臓に悪いと言っているであろう」
 「わたくしの運転技術は、ゼフェル様も認めているのよ」
 「けれど……私としてはやはり諫めるしかないのだ。たとえそなたが、鋼の守護聖も認める腕の持ち主であっても」
 「あら……どこかで聞いたような言い回しね」
 「それはそうだ」くく、とジュリアスは笑う。「そなたの真似をしたのだから」
 「でもジュリアスの乗馬についてはわたくし、文句は言わないわ」
 「当たり前だ。言わせはしない」
 「何かしら、その態度は」
 くすくすと笑ったもののロザリアは、この楽しい時間がもう少しで終わることを悟っている。もうすぐ人の通りが多い道に出る。そうなれば寮へもすぐ着く。
 「……ジュリアス」
 「何だ?」
 「女王試験、やり遂げてみせますわ」
 「……ああ」
 ロザリアの手を覆う力が一瞬強まり、そして緩んだ。手綱を自分の掌にあてがうようにして持つとジュリアスは馬の速度を落とす。
 ロザリアの手がすっと馬の背に戻るのを見ながらジュリアスは言った。
 「女王候補として、悔いのないよう力を発揮してほしい」
 もう、そこにいるのは光の守護聖ジュリアスであり、それを聞いて頷くのは女王候補ロザリアだった。



 八月の海は、遠ざかる。